2008年11月22日

スモモの救出作戦

地主のばあさまが持つ果樹園の一角に3本のスモモの樹がある。亡くなったじいさまが植え込んだものだろう。これも例によって藪の中に埋もれてしまっている。なんとも忍びがたいので救出作戦を実施することに。まずは状況調査、チェックしてみるとクズだと思えるツルが執拗にからみついている。それと周囲を名称不明な高木で囲まれて太陽光線が遮断されているのだ。光合成が出来にくくなっている。これでは果樹が実るのは困難であろう。対策は周囲の高木の伐倒とツルの切断それにブッシュの刈払いであろう。早速とりかかることにしよう。

        ツルにからみつかれたスモモの樹。絞め殺されそうな状況。
 

まずもって鉈を取り出し、ツルを次々と切断していく。無論、根元付近で切断するのみで樹にからみついたものは少々の作業では取り除けない。よじ登って少しづつカットしていくしか方法がない。樹冠部分は腐食するのを待つしかないだろう。

         周囲を囲む高木類、スモモへの太陽光線を遮断している。
 

次に周囲を囲んでいる高木類を伐倒することにする。直径がそう大きくはないのでチェーンソーを持ち出すまでもなかろう。手鋸で十分かと思える。あえて50センチから1メートルくらいの根元部分を残して伐倒する。これは後日の作業時に、手がかり足がかりとなるようにだ。樹が比較的に柔らかく、手鋸でも十分に切断できる。伐倒した樹木は用途がないので放置し腐食を待つことにしよう。
       
                周囲が切り開かれ随分とすっきりしました。
         
       高木の伐倒とツルの切断でスモモもうれしそうです。剪定が課題か。

わずか2日間ほどの作業でスモモ周りがすっきりとなってきました。太陽光線も十分に当たるようです。これで来年は果実が実ってくれるのではと期待しております。後は剪定作業が待っていますが、これは後日の仕事と致しましょう。どんな果樹園でも一緒ですが、丁寧な見回りと果樹木の成長を妨げる要因を除去する必要があります。子育てと一緒で、どれだけ愛情を持って関われるか、に掛かっているかと思いますね。要因の発見がしやすいように、草刈りだけはしっかりとやっておきましょう。

  

Posted by とんび at 05:18Comments(0)樹を植えよう

2008年11月12日

お好みの樹は

植樹のシーズンがやってきた。この季節は果樹木の植え込みの最適期だ。いま植え込んでおくと来春には新芽を出してくれる可能性が高い。ということで、いそいそと園芸店へ。さすがに苗木がたくさんおいてある。お店の方も売る気満々のようだ。どれを選択するのかが迷うのだが、場所が三カ所しかない。西向きの斜面で日当たり抜群、水はけ上々、風通しもいい、周囲に高木なし・・・・・・・・立地条件は非常にいいので陽樹から選択しよう。まずはクリ、極めて太陽を好む樹木だ、それに新参のナシ、大好きなプラム(今回の品種はソルダム)としよう。下記の画像が選択された果樹木である。なかなかいい面構えだ。  

                左から購入したプラム、ナシ、クリの苗木です。
        

さて穴掘りは昨日やっておいたので、本日は植え込むだけ。まずもって一番深めに元肥を入れ、土をかぶせる。苗木の根と元肥とが接触しないようにだ。その後、苗木を垂直に立て土をかぶせていく。このとき苗木から数十センチ話して同じように元肥を周囲に埋め込む。その後また土かぶせ。接ぎ木をされた苗木の場合は、接ぎの部分に土がかぶらないように注意する。出来上がったら水やり。方法論的にはこんな感じで進んでいくのだ。

               購入した苗木の品種は下記のとおりです。
 
        
          

苗木の植え込み状況は下記の要領です。そうたいして困難な手法ではありません。水やりだけは欠かさないようにしてください。風が強い場所では添え木が必要かもしれませんね。

       穴の底には元肥を。                   周囲にも元肥を。                            
 
    根や幹と元肥とが接触しないように配慮します。土かぶせをしっかりと。

谷間の農園で柑橘類を10本ほど植え込んできましたが、結果的には全滅でした。まずもって棚田の跡地ですので、水はけが良くないのです。水分が多い土地では果樹は根腐れを起こします。従って植え込む場所の選択が一番重要でしょう。基本的には上述したように太陽が良く当たる水はけのいい場所、これに尽きるかと思います。なかなか好条件の場所は得にくいのですが、少しでもいい場所を選択しましょう。あと、周囲の環境条件。柑橘類はゴマダラカミキリの大好物です、頻繁に消毒できるのであれば問題ないのですが、農薬を拒否される方や困難な方には樹種の変更も必要かもしれませんね。


          苗木の植え付け完了です。数年後が楽しみですね。

一般的に、「桃栗3年柿8年」とか言われますように、収穫までにはそれなりの年数がかかります。野菜類と違って果樹の困難さは、この待ち遠さにあるのかもしれません。ただ条件さえ良ければ意外と早くに実ります。小生のプラムは2年前に5本植えましたが、そのうちの1本は今年実りましたよ。少々でしたが、正真正銘のプラムをかじりました。おいしかったです。


 

  

Posted by とんび at 05:14Comments(0)樹を植えよう

2008年04月09日

快晴の植樹祭ー2

植樹軍団は歩き出した。子ども達もいるが、やはり年輩の方が多い。許された持ち時間が残り少なくなって、「この世に残しておくべき遺産は」と、自問された結果であろうか。理由はともあれ、この美しい国土を守っていこうとされる心意気は大切にしたい。スタッフの面々も意気が上がるものだ。さあ弘川城趾まで登るぞ。

 

途中休憩もいれて約1時間で到着。既に昼を回っている。早速、昼食をとってもらい、眼下の河南町を眺めながらしばしの休息を行う。参加者の気持ちははやるようだ。植樹が終了したら、その足で葛城山まで登るとの猛者達もいる。城趾から2時間はかかるだろう。

 






















 

山桜の苗木には参加された一人一人の思いが込められている。樹の成長を願い、家族の健康を気遣い、孫の進学を楽しみ・・・・・・・・様々な人間模様が1枚の木札に現れていた。その1枚を紹介しよう。

     

「桜も1年に一度は必ず美しい花を咲かせる。私もいつか自分らしい花を咲かせよう」・・・・・・・書かれたのはどなただろうか。  


充実した一時を過ごされたのだろう。心なしか穏やかな表情で下山にかかる。皆さんにこやかないい笑顔だ。毎日がこうした日常であれば、世に対立や争いなどは生じないだろうな。特に子ども達にとっては、良き経験となったことと思う。一緒に参加された親御さんの賢明な判断を是としたい。

     


帰りの一行を西行さんが出迎えてくれた。そう、この満開の桜の下で西行法師は眠っておられるのだ。

  

Posted by とんび at 05:10Comments(0)TrackBack(0)樹を植えよう

2008年04月08日

快晴の植樹祭ー1

本日は快晴。数日前までの雨予報が嘘のようだ。巷の噂では、事務局担当の某女史が典型的な晴れ女で、法力により雨雲の到来をねじ伏せたとか。無論、真偽の程は定かでない。ともあれ、快晴、桜満開、知事効果・・・・・・と好条件が重なって相当な賑わいとなった。地下の西行さんもびっくりだろう。

                       満開の桜軍団


植樹祭といっても樹を植えるだけではない。パネル展示や地元のお店、子ども達の工作やお菓子作りなど多彩だ。いくつかを紹介しよう。
          たいこ作り                        竹細工
 
                       バウムクーヘン作り


地産地消の名店街も出現した。この地ならではの名産がならぶ。値段も市価よりだいぶ安いようだ。スタッフの面々も買いに走っていた。
                        河南町の名店街
 
           ねこもち                      よもぎだんご
       
                      地場産の野菜
 

府知事も参加された。若きリーダーの一声に多くの聴衆が聞き耳を立てる。政治家の武器は「言葉」だと改めて再認識する。地元の環境を称え、森作りに邁進されるよう、話が進められていく。



さあ、いよいよ植樹の時間だ。植栽の場所は弘川城趾、ここから1時間ほど山道を登った丘の上だ。予約者の点呼をとり、ゆっくりと山道を登り出す。かなりの傾斜でスタッフも少々息切れする。

 

  

Posted by とんび at 05:05Comments(0)TrackBack(0)樹を植えよう

2008年03月25日

萌芽更新

広葉樹には一種独特な習性がある、萌芽更新だ。この特性は針葉樹にはみられない。どうしてなのなかは小生には不明だが、この習性を利用して里山は永年にわたり活用されてきた。すなわち薪炭林としてだ。かってはマキとスミが燃料の主役だった。化石燃料の出現による「燃料革命」によって、すっかり様変わりしてしまったが。


                 萌芽更新(ほうがこうしん)



これは昨年伐採したクヌギの根元である。たった1年強でひこばえがこんなに大きくなっている。ものすごい生命力だ。苗木を植えてもこうはいかない。やはり根本が残り、水分や栄養分を吸収する力が強いからだろう。この習性は他の広葉樹にも広く見られる。他の樹種をのぞいてみよう。
 
           樫の木                          楠の木

    


樹種は不明だが、かなりの老木だ。生命力も弱っているのだろう。ひこばえを成長させる力が、ほとんどないようである。里山倶楽部の城郭への入り口にある。ご存じの方も多いだろう。              

           


極めつけはこの画像である。先月の雪の日に近所の公園で撮ったものだ。台風で倒壊した楠木が、通行妨害になる部分だけ伐採され、あとは放置されていたものだ。根は残っていたのだろう。切断された幹からひこばえが生え、それがかくも大きく天に向かって成長している。広葉樹の持つたくましきパワーである。クヌギやコナラはこの習性を活用し、伸びたひこばえを10年くらいで炭材として活用していた。区画を決めて、10年単位で回していくと、エンドレスで炭が作れるのである。ご先祖様達は偉大だった。最近になって「循環型社会」を、と識者が叫んでおられるが、とっくの昔にそうした社会は実在したのである。知らなかったのは我々だけだ。


  


                      美しきかなクヌギの木。

               

Posted by とんび at 05:16Comments(0)TrackBack(0)樹を植えよう

2008年03月13日

鎮守の森

地元に住みながら、まだ訪れた事もなかった。楠公さんの氏神でもある建水分神社である。何度聞いても覚えられない名称で、地元の人間は水分神社と愛称で呼んでいる。ちなみに正式な読み方は「タケミクマリジンジャ」という。ちょっと手が空いた昼下がり、カメラ1台をお供にぶらりぶらりと訪ねてみた。




ここは水分神社という愛称からもわかるように、水の要衝の地にある。昔には大和の国と河内の国とで水争いがおこり、軍配は大和の国にあがったそうだ。金剛・葛城の大半の水は大和側に流れているとか。この地には水越川があり、千早赤阪村、河南町、富田林市、の行政区を越えた広い流域に水を配分している。米作りの原動力でもあるのだ。収穫祭でもある秋祭りには、3市町村から20台前後のだんじりが出て賑やかなお祭りとなる。河内にわかの出番でもあるのだ。このときは、神社が丘の上にあるためか、下社の方へとお移りになられる。



楠木家を祭った南木神社、建水分神社の一角にある。





社の裏側には、うっそうたる樹林が広がっている。いわゆる鎮守の森である。全国各地にみられるが、神社やお寺の周囲には人がはいらぬ樹林帯が設けられている。ご先祖様たちが、「聖なる領域」として神聖視し保護し続けてきた場所なのだ。結果、森の中には地域の在来種である樹種が保存され、乱開発から種を守ってきた。西日本ではシイ、カシ、タブ類が多いようである。いわゆる照葉樹林だ。ここではヤブツバキやシャクナゲ或いはアラガシ、クスなどが目についた。部分的には檜が見られたが後の時代に植えられたものかもしれない。

                              
                                      
 


何れにしても、ご先祖様達の英知によって、地域の在来種が守られてきた。過日の神戸・淡路大震災の折にも、鎮守の森によって延焼が食い止められたと聞く。また森によって災害を逃れた人も数多いとか。まさに命の森なのである。森が果たす機能は計り知れないものがある。保安林、水源涵養林、防災林、癒しの森、動植物を育てる森、種を守る森、・・・・・・・数え切れない程の役割を担っている。目に見えない価値を発見し評価する姿勢が大事だと思う。数字化して計量できるものしか信じようとしない、いわゆる「科学的思考」からは、もうそろそろ卒業してもいいのではなかろうか。


 
















  

Posted by とんび at 05:59Comments(0)TrackBack(0)樹を植えよう

2008年03月10日

弘川城の道普請

今日は道普請の日だ。昔は年に数回集落ごとに集まって道普請を行ったが、最近はすっかり見られなくなった。何もかもが行政頼みへと変化したのだろうか。仲間達が集まってきた。弘川城趾に木組みの階段を作るのだ。ここは、来月6日大阪府の植樹祭が実施されるところだ。前準備が多く、人手も時間も足りない。


植樹予定地の整備、桜を植える為の前準備をしている。

   


現場は山城(弘川城)の址、急傾斜の山の上なので資材の搬送に苦労する。軽トラで登れるだけ登り、後は運搬車の出番だ。運搬道の整備をもしながら進む。

                                                        
 


さあ作業開始だ。足場を固め、丸太を組み込んでいく。用意した鉄棒が短いようで、腐葉土の中にふわふわと打ち込まれていく。強度が足りないようだ。近くの樹木を切り、緊急用の木杭とする。Yさん、Nさん、Otさん、kさん、Ogさんが大活躍。


  

 

    


仕上がった木製階段を検査する総監督のOmリーダー、子ども達の歩きやすい歩幅と強度を求め、実地検査にも力がはいる。


  

 
植樹予定地はイベント会場から徒歩1時間はかかるだろう。参加される皆さんも大変だ。何も残ってはいないが、現地は弘川城趾、歴史好きな方には格好の適地だろう。日当たりよし、展望良し、お弁当持参で4月6日を楽しんでいただきたいものだ。
   
                               
 



  

Posted by とんび at 05:33Comments(0)TrackBack(0)樹を植えよう

2008年03月02日

後世への贈り物

ここはとある団地の法面である。今日はクヌギの植樹の日、老若男女およそ50名の方が集まって下さった。大半が地域に居住の方である。およそ10ヘクタールにも及ぶ法面は、毎年植樹しても、まだまだ空間が広がっている。今回も1000本のクヌギ・コナラの苗木を植え込む予定だ。


 

   
                         

ここでは独自の植樹法をとります。竹筒をくり抜いて地面に埋め込み、その中に苗木と土を入れ込むのです。こうすると、刈払機での草刈り作業で苗を傷つける事も少なく、雑草にも負けにくいようです。地域に住まれるItさんが考案されました。特許物ですね。  


          


この法面では、NPO法人里山倶楽部がサポート活動をやっています。枯木伐採や間伐更新などを行いつつ、ドングリなどの実がなる森づくり、そして実を食べるリスなどの多くの生き物が生息できる森づくり、をめざしています。今日も里山倶楽部の「重戦車」が大活躍していました。土運び、苗木の運搬、資材の搬送、植樹道具類の配置、そしてお茶の配布まで・・・・・・・・・・・・・・・


        


人間はある使命を帯びてこの世に生を受けるとか。数十年の時を経て、また大地へと還って行くとき、何をこの世に残していくのだろうか。内村鑑三は、「金か、事業か、思想か」と自問したそうですが、我々にはそんな大それた事はできなくとも、樹の1本位は残せるのでは・・・・・・そんな思いからの参加かもしれません。いずれにせよ今日の苗木が、また数十年の時を経て、後の世代にリスの住む森として受け継がれることを願ってやみません。


 

 

  

Posted by とんび at 05:57Comments(4)TrackBack(0)樹を植えよう

2008年03月01日

竹林の再生を

借用している田圃の側に竹林があります。立ち枯れ、倒壊、半腐植・・・・・・・等々の竹でジャングル状態でした。地主であるHさんも、高齢化の故か手が回りかねたようです。そこで我々が・・・・と言えば聞こえがいいのですが。とにかく筍が出来る状態にはもっていこうよ、との話になり、再生活動を始めました。冬場のみの作業で今年が2シーズン目。随分ましになりました。無論、撤去した倒壊竹などは、あの「焼き畑農業」の貴重な資材となりました。


 
こんな状況が下の谷川まで続いている。日が入らず、人も入れない、筍も見あたらない。





仲間達と再生活動をした領域、随分とすっきりしました。お天道様も差し込むようになり、本年は筍が期待できるかも、とワクワクしています。歩き回るのも楽になりました。

                                



この地域は孟宗竹ではなく、日本古来の真竹がはえている。最初は区別がつかなかったが、先輩方の薫陶で、「モウソウチュウゴク、マダケハニホン」 との暗記方法も教授していただいた。日本と二本をかけたものだ。確かにいい区別方法である。下の写真が真竹のそれ。節の部分に二本線がはいっている。孟宗竹は一本とか。ちなみに、孟宗竹は平安時代の初期に中国の江南地方から持ち帰られたようだ。繁殖力が強く、どうかすると田圃や民家を破壊させる可能性がある。また竹林は生物多様性に欠け、ヤブカの巣窟になりやすいのも問題だ。我々が、冬場しか再生活動をしない理由の一つでもある。



            


下の谷川に至るには、まだ数年の時間が必要だろう。水辺まで自由に降りれるようになれば、今度はホタルの復活を、そんな仲間の声も聞こえてきました・・・・・・・・・・。





  

Posted by とんび at 05:26Comments(0)TrackBack(0)樹を植えよう

2008年02月27日

柿の木のある坂

ムラ(集落)一番の働き者だった。ばあさまが惚れた若き日のじいさまである。そして二人は一緒になった。そのじいさまが黄泉の世界に旅立って、もう十数年にもなるだろうか。息子夫婦を充てにもせず、一人で頑張ってきたばあさまも体が弱ってしまった。じいさまと作ってきた谷の畑に通えなくなったのだ。こうして小生がばあさまの代わりに谷の畑を耕す事となった次第である。下り坂に古い柿の木がある。ばあさまとじいさまが、若い頃に一緒になって植えた。思い出の柿の木だ。長い間たくさんの渋柿を実らせてきたが、最近は荒れはてていた。





木々はツルに覆われ悲惨な状況だった。樹冠がクズで一杯になり、お天道様が葉っぱにあたらなくなってしまった。当然、実もならず、手入れもされず、立ち枯れ寸前だった。刈払機とナタとチェーンソーで大手術をおこない、すっきりさせたのが下の写真である。直径数センチもあるようなクズを切り刻んだ。それでも樹冠には手が届かない。腐って落下するのを待つのみである。

 
           


とんびの果樹園もそうだが、果樹の育成には大変な手間暇と長い時間がかかる。もっとも手をかければ、それなりに応えてくれるのが、嬉しいところではあるのだが。この冬の荒療治で、秋からは実りが期待できるだろう。ばあさまも、喜んで柿の実を食べてくれるだろうか。どうか、じいさまとの熱き日々を思い出して欲しいものだ。

               

Posted by とんび at 05:05Comments(0)TrackBack(0)樹を植えよう

2008年02月23日

哲学の小道

マイ農園は車を降りて、細い急な山道を200メートル程下った谷間にある。セイタカアワダチやクズなど大きめの雑草に覆われ通りにくかった。この冬、一念発起して刈払機やナタを振り回しきれいに刈り上げた。そうなると花や木々でも植えようか、となるのが人情である。とりあえず、雑草を燃やした灰を入れ込み、植樹の準備をやっている。桜、できれば山桜を植えたいのだ。        
                                                                                                                   
                             
            

                           
 
田圃や畑は、労働の場であると共に思索の場でもある。鍬や鎌を動かしながら、そよ風に吹かれて思いを巡らすのが実に爽快だ。鈍いアタマも冴えてくる。血の巡りが次第に快活となるからだろう。そうした田畑に向かうには、やはり桜吹雪の小道を、なれぬ歌でもうたいながら、のんびりと歩きたいものだ。                                                                                                                                                                
   

 

 この小道の片側に、10カ所ほどの穴を掘った。桜の植樹用である。今年は1年かけて土作りをやる予定だ。まずは灰の仕込み、それに蛎殻や油かすなども埋め込んでおきたい。1年の時間が、土と肥料とをしっくりなじませてくれるはずだ。肥料は多すぎてもダメだが、少なくても具合が悪い。加減が難しいのだ。












樹木の育成には時間がかかる。山に植えた檜は、三代100年でようやく伐採が可能となる。腰を落ち着けて、次の世代に引き継ぐ予定で樹を植える。気のながーい話である。











思索の場である田畑にむかう道、桜吹雪に囲まれながらのんびりと歩ける道、時にはメジロやウグイスなどがさえずりだしてくれる道、タンポポや野アザミなどが咲き誇る道・・・・・・・・・・・・・そんな小道が出来上がったらどんなにか素敵だろう。そうだ、京の都に習い、この道を哲学の小道と名付けよう。


  

Posted by とんび at 06:07Comments(0)TrackBack(0)樹を植えよう