2008年09月01日
直売所探訪記
JA大阪南の直売所、あすかてくるで。
直売所に入場するのに並んで順番待ちをしたのは初めてだ。週末で天候も今一だったので、ショッピングに流れたのかな。ともあれ順番が来て中にはいると商品よりお客のほうが多いくらい。人混みをかき分けてお目当ての棚へ、という感じかな。
写真が撮れたのは混雑が一段落してから。お昼前だった。
地場産の商品が並ぶが、目線はどうしても野菜類や果物に行ってしまう。悲しき性かな。それにしてもどれもおいしそう。秋の味覚がズラリと並んでいるのだ。少々肉体労働で頑張っても、これだけおいしそうな物があると、メタボの可能性が・・・・・・・・・・・。
まずはメロンが。 おやおや巨峰も。

どこで栽培されてるのかリンゴまで並んでいた。
早生栗かな。 温州ミカンも。

古市地区のイチジク 嫁に食わすなの秋ナス

大きなプルーンだ。 これはプラムかな。
お隣には肉類や菓子類、パン等の販売拠点である「たける館」がある。ここで滅法おいしいのがソフトクリーム、訪問されたら一度おためしあれ。
「あすかてくるで」の大きな特徴は納品者を特定していないことだろう。年間数千円の登録費を払えばどなたでも納品・販売可能なようだ。一般的にはどこも生産者組合みたいな組織を作り、一種のギルド制をひいている所が多いのだが。南河内一円の農家等から商品が集まっているようで、それが来客数の多さにつながっているのかも知れない。価格的にはそう安価とも思えなかったが、品数の多さと新鮮さは特筆ものだろう。
花卉農家も多いようだ。みごとな花々が並んでいる。
2008年08月26日
桜守りの人々
安藤忠雄氏の設計による狭山池博物館。
その狭山池博物館に安藤氏が来訪されるとの話を聞き込み、覗いてきた。ご縁が深いのか定期的に来訪され、講演などをされているようだ。壇上に立たれた安藤氏は開口一番、「いつも仕事をしない公務員の方が、今日はめずらしく働いておられるようだ」と宣ったものだから、全員爆笑。スタッフの大阪府や国土交通省の方々は苦笑しておられた。
講演中の安藤忠雄氏。
講演の中で最も印象に残ったのが、自分たちで出来ることは自分たちでしようよ、との発言である。例の、狭山池の桜の植樹も、この発想の延長線上にあるものらしい。戦後教育の成果なのかどうかは知らぬが、変な権利意識や納税者意識のみが発達し、すべては行政まかせにとの依存心ばっかりが深まったようだ。安藤氏はこうした風潮に異を唱えておられる。
ボランティアの手で植樹された桜並木。市民の憩いの場だ。
安藤氏は建築物を設計されるとき、建物のみならず必ず周囲の環境との調和を図られるようだ。しかも樹木の存在を前提とし、なければ植樹活動を行ってから建築にかかられるとか。8年後のオリンピックの東京誘致にも一枚かんでおられるようだが、根底には「海の森」構想が存在するようだ。はでなモニュメントを作るのではなく、東京湾のゴミの埋め立て地を市民の寄付で植樹して緑の森としてシンボル化しようとの発想のようだ。同感出来る内容である。また、氏が提唱される「緑の回廊」と「風の道」を作ろう、との考え方も世間に是非に広めたい内容である。無論、中心となるのは多分に桜なんだろうな。
ここも緑の回廊なのかな。狭山池の堤防にて。
2008年08月25日
勝間南瓜
現在の街並みからは想像もつかぬ事だが、かっては大阪市内も緑豊かな農園地帯だった。広がる田畑からは豊かな実りが提供されていたのである。作物も大阪独自の野菜などが栽培され、庶民の食卓を賑わしていたのだとか。市街化の進行と生活の洋風化によって次第に廃れていき、現在、大阪市内で田畑を見ることは非常に少ない。大半が郊外で栽培されたものが搬入されているようだ。流通の進歩は国内のみならず、他国産の野菜類までも販売されるに至った。結果、いつのまにか伝統的な野菜類は消えてしまったのである。
勝間南瓜(こつまなんきん)の山。
こうした現状を嘆き、大阪固有の伝統的野菜の復活に賭けた男達がいる。河南町のファーマー達もその軍団だ。代表的な野菜である勝間南瓜を追ってみよう。これはかっての勝間村すなわち現在の大阪市西成区の玉出あたりで栽培されていたものである。やや小ぶりだが独特な形をしており、色彩が鮮やかだ。河南町の農家集団は勝間南瓜を筆頭に、毛馬キュウリや鳥飼ナスなども栽培しておられる。直売所で販売されているので、興味のある方は覗いてみられたらいかがだろうか。
購入してみた勝間南瓜。1個150円前後である。
数個を購入してみた。直売の故か市販のカボチャより数段安いようだ。目的は二つ、食味を試してみたいのと種を採取してみようと思うのだ。野菜類の種は市販品購入よりも自家採取が望ましい。山の神が調理してくれる際に種を取ってみよう。うまくいけば来春種まきとなり栽培も可能かもしれない。
左は勝間南瓜、右は自家栽培の栗カボチャ。
勝間南瓜は普通のカボチャとして煮ものにする他、いろんな活用法があるそうだ。料理がにがてな小生にはうまく伝えられないが、興味の有られる方は、大阪府南河内農と緑の事務所のHPをご覧になってみてください。直売所でも調理法を教えてくれるようです。レシピが南瓜の前に掲げてありました。
やはり食材は地場産のものを旬の時期に食する、というのが基本ですよね。昔からよく言いますやん、「三里四方に医者いらず」とか「医食同源」とか「身土不二」とか。東南アジアやアフリカや中南米から搬送するのも否定はしませんが、基本は地場産食品で有るべきかと思いますが。最近の経済ニュースで貿易収支を伝えていましたが、我が国の貿易相手国第一位は輸出入ともアメリカから中国に変わったそうですね。複雑な思いで聞いておりました。
2008年08月24日
イチジクの里
直売所にイチジクの箱が山積みされています。当地は昔からイチジクの栽培が盛んでした。水気を好む果樹なので、山間地の棚田でも栽培可能だった故でしょうか。そういえば阿倍野、難波といった大阪市内の南部域ではブランドとして流通しているとか。適地適作の原則どおり、土地柄に似合った作物はやはり良い出来となるのでしょうね。南河内では古市地区が栽培が盛んな土地ですが、今回は河南地区を訪ねてみました。ここは農業の盛んな土地で、特に伝統野菜の復活に力を入れておられます。農事組合法人に結集される若人(?)達が昔ながらの手法で、かって大阪府下に存在した伝統的野菜を栽培し、直売所で販売されているのです。無論、販売品には耕作者の氏名が表示されています。
毎朝、取り立てのイチジクが山積みされます。
イチジクは今が最盛期で、田圃の跡地を利用して栽培されるケースが多いようです。やはり水との兼ね合いでしょうな。苗木を植え付けた畝の合間に水路から水を導入する、そうした環境がいいイチジクを作るようです。甘みがあって柔らかい果実なので小鳥対策が必要なのはある意味当然でしょうか。ネットで囲った栽培が盛んに行われていますね。
ここはネットではなくペットポトルの廃物利用で鳥対策を。
イチジクは結構いい収入になるようです、直売所では10個~15個位はいった箱が1000円程度で販売されています。農家にとっては貴重な現金収入でしょう。もっとも夏場の1ヶ月程度の収穫ですので、他の換金作物との組み合わせが必要ですね。果樹なので、土地は1年中使用します。裏作とは行かぬようです。一部の方を除き、農業収入でサラリーマン並みの年収をあげるのは、相当な困難であるようです。特殊な作物を栽培するか、通常と異なる時期に収穫するか、ブランド化するか、ニッチ(隙間)をねらうか・・・・・・・・・他産業と同じで高収益を目指すにはそれなりの工夫が要求されるようです。願わくば、農業収入だけで家計が潤沢であることを期待したいものです。
Kさんのイチジク畑。ネットで鳥対策の完全防備です。
Kさんはイチジクが大好きな模様で、この畑も挿し木で大きくされたものです。出荷のご予定は無きようですが、赤い果実がたくさん実っています。奥様へのお土産用かな。ネットでこれだけ完全防備すれば、鳥にやられる事はまずないでしょう。どんな果樹もそうですが、収穫までは大変な労苦を伴います。正直いって買った方が早いのですが、自分で栽培したものが完熟する、それをありがたくいただく・・・・・・この楽しみは他には変えれぬようです。仲間達が、夢中になって汗びっしょりになって作業を継続するのも、無理のない話かもしれません。働く方が金銭だけを目的とはしていないように。
2008年08月23日
13里半
栗(9里)より(4里)うまい(<)13里半・・・・・9里と4里で13里、それより美味いのだから13里半とは、なかなかしゃれた表現方法である。最も、それだけおいしいとの自信があってのキャッチコピーなんだろう。どなたが考案されたのだろうか。現代であれば、優れたコピーライターとして脚光を浴び、高額所得も不可能ではないだろう。生まれた時代が若干早すぎたのだろうかな。コピーの対象物はお嬢さん方の大好きな物である。昔も今も変わらぬようだ。石で焼いた物は結構値も張り、へたなケーキを購入するより高くつく。それでも誘惑には勝てぬようだ。
スーパーの店頭には既に今年の初物が・・・・・・。
スーパーを覗くと既に今年産のものが販売されていた。少々こぶりだが1本250円前後、例の「どげんかせんといかん知事」のお国産である。やはり南国はすべてに早いようだ。小生の畑では収穫どころか、まだ葉が青々としている。多分収穫までには、まだ2ヶ月くらいは要するだろうな。
小生の畑はこんな状態。掘ってもまだ鉛筆サイズ位かな。
棚田の跡地が故に畑サイズが小さい。従ってあちこちに少しづつ植え付けている。雑草に覆われ、ツルが埋没しないようにカバーするのが関の山だ。もっとも葉物野菜のように、水やりや消毒或いは追肥の心配など一切不要で、ある意味もっとも手のかからぬ野菜だろう。どちらかというと痩せている土地を好む。小生のような無精なタイプには打って付けの作物だな。
ちょっと油断すれば雑草の中に埋もれてしまいます。
比較対象の相手方も結構実ってきた。多分、来月には早生種のものは収穫可能だろう。急ぎはしないので、はじけるまでじっくりと待つことにしよう。栗は食するのもいいが、ながめている方がずっと楽しい。特にイガが破れて焦げ茶の栗の実がはじき出す寸前が一番いい。いかにも秋の到来といった季節感があり、栗とアケビとを並べて撮ると結構さまになる。アケビを取るのは大変ですが、雑木林ならではの楽しみですね。
それにしても焼き芋にして食べたくなってきた。まさに食欲の秋、いや違った、まだ夏だ。真夏の盛りにサツマイモが店頭に並ぶ、しかもややこしい話が多い某国産の食品ではなく純国産だから・・・・・・・・ありがたいことである。南北に3000キロと細長い国土であるが故のメリットなのかな。
2008年08月21日
山里は秋の気配
立秋も過ぎお盆も終わりました。季節は8月の中旬とはいえ、山里は既に秋の気配。田圃の上ではアキアカネが舞い飛び、草むらでは虫たちが鳴き始めました。彼れの感覚は人間様より鋭敏なのでしょう。早生の栗などははや色づいている模様、セミたちは主役の交代が進行中のようです。そういえば夏休み突入と同時に鳴き出したクマゼミも最近は影が薄いようですね。聞こえるのはアブラゼミかヒグラシの声ばかり、1週間程度の命なので、出会いも恋も命の引き継ぎも終わってしまったのかな。そういえば亡骸をアリンコ達が搬送している姿を見かけることがあります。輪廻転生、次は何に生まれてくるのやら。
入道雲は消え去ったようですね。空も既に秋の気配のようです。
虫たちの世界をちょこっと覗いて見ましょう。畑の畦や野小屋の片隅やネットの端で、ちょこまかっと走り回っています。どうやら涼しくなってきてるのがわかるようです。動きが活発になってきました。小屋の前では、おやおやサワガニまで出てきました。水流もないのに、どうしてかな。
木の上には、かっての姿が残っていました。7年余の地下生活からやっと解放されても、わずか1週間あまりで命が尽きるんですね。脱皮の時にいだいた希望と理想はかなえられたのでしょうか。
夕刻となり太陽が西に沈む頃には虫たちが鳴き始めます。どの声がどの虫なのか判別は困難ですが、良い風情です。どうやら月も満月のようで、深まりゆく秋を現しているかのようですね。まだまだま夏だというのに。来月は「仲秋の名月」、里芋を掘り、ススキを刈ってきて、お団子を作りましょうかな。四季の移ろいがあり、季節季節の行事が伝承されていることが、とてもありがたく思えます。ご先祖様達が心して残して下さったものでしょう。絶やさぬように伝えたいものです。
夕闇のオーケストラの一員かな。
どうやら満月のようです。虫たちの演奏をバックに月見といきましょうか。
2008年08月09日
その後のリンゴ
たった1個実ってくれたリンゴの事を紹介したが、その後の報告をしよう。世間ではこれからがリンゴの最盛期である。来月になれば真っ赤なリンゴ畑がそこかしこに出現するだろう。弘前でも木村さん(リンゴ農家・木村秋則氏)家のリンゴがたわわに実っているのではなかろうか。無肥料・無農薬栽培に成功された木村さんは、有名人となってしまわれた現在も、朴訥とした表情で黙々としてリンゴ畑で作業を続けておられるのであろうかな。tjさんからご推薦いただいた木村さんの事を紹介した著書(石川拓治・「奇跡のリンゴ」・幻冬舎・¥1365)を読んでいるところだが、無肥料・無農薬での栽培は苦難の連続だったようだ。
小生のリンゴ畑。たった2本だけのリンゴの木だ。
慣行農法でリンゴ栽培を行っていた木村さんが、無肥料・無農薬栽培への道を歩み始めたきっかけは、農薬過敏症だった奥さんをなんとか楽にさせてあげたいとの思いからだったようだ。他の果樹でもそうだが、品種改良が進んだ結果、立派な果実は収穫できるが病気や害虫等への耐性が極めて弱くなっているのである。農薬の使用を前提としたリンゴの木、とでも言えるだろうか。
たった1個実ったリンゴは落下してしまった。樹は青々として元気だ。
木村さんにあやかった訳でもないが、小生の樹も自然農法に近い手法で育てている。苗木を植えて8年あまり、これまで鶏糞等をやったのが2~3回程度、後は刈り取った草を根本に敷く程度だ。無論、消毒は一切していない。前回も報告したが、花は咲くものの実はつけてくれなかった。それが今年始めて、小さなリンゴが1個だけ実ったのだ。
毎年若々しい新たな枝を伸ばしてくれる。
木村さんのリンゴ畑は800本、小生のは2本だけ、その違いもあるのだろう。虫などもほとんどやってこない。画像をご覧のとおりで樹は青々としてとても元気だ。例のゴマダラも、リンゴはあまりお好みではないとみえ、遊んでいる姿を見かけたことがない。この調子でいってくれれば、ひょっとしたら結実が期待できるかもと楽しみにしている。
リンゴの隣にはプラムの樹が数本植えてある。リンゴと同じ時期に植え込んだものだ。こちらは昨年あたりから実を付けるようになった。まだ酸っぱくて食べれた代物ではないが、芳醇な完熟を期待している
しっかりと実ったプラムの樹。
上記の書籍を読んでいて、気になった事がある。現在の慣行農法は、一言で言えば石油漬けの農法とでも言える手法である。化石燃料が有限であることは周知の事実。そう遠くない、いずれかの時点では枯渇するのだ。車は走れなくとも生きてはいける。だが、食料が生産できなくなったら・・・・・・・・想像したくはないが、想定しておかねばならない。書籍のなかで、木村さんが両手を広げ、「さあ、私の船に乗りなさい」と語っている場面がでてくる。事実なのか、冗談としてのパフォーマンスなのか、不明なのだが。バイブルに表現された一節を思い出させてくれるシーンだ。そうならないことを願っているのだが。
多少なりとも農に関心をお持ちの方には、木村さんの事を是非に知っていただきたい。7月末に出版された、石川拓治さんの下記の著書を、ご一読されるようにお薦めしたいと思います。
2008年08月04日
小さな村おこし
和歌山との県境近くに天見という小さな山村集落がある。言わずと知れた、山間部の過疎高齢化の進んだムラで、大阪の都心部まで30分~40分程度で通勤できる場所とは想像だに出来ない。そう深い山ではないが、切り立った尾根の合間に小さな田畑が開け、少数の民家があちこちに点在している。最近、ここのじいさま・ばあさま達がやけに元気がいいのだ。ムラの小学校に他地区から生徒を呼び集め、田植えや稲刈り、杉や檜の伐採、川の探検や魚取り、雪合戦にバードウオッチングなど、かってのガキ大将よろしく教え込んでいる。たくましき悪ガキ達が育っているようだ。
活動拠点となっているムラの小学校。山間の川沿いにある。
ムラの小学校は6年生までの総数で85名前後、そのうち6割強が他の地区からの越境生だ。無論、教育委員会も認めた合法的なものである。駅のすぐ前にある利便性と自然環境が評価されているのだろう。じいさま達は悪ガキ育成と共に、最近は地元物産の販売まで始めてしまった。過日、徳島の葉っぱビジネスを紹介したテレビ番組があったが、80台後半と覚しきばあさまがパソコンを駆使してマーケットリサーチを行い、葉っぱの商機をうかがっていたのはとても愉快だった。彼の地でも主役は、ばあさま・じいさまである。
活動はまだ不定期だが、通算で8回ほどの実績を積み上げた。率直にいって、そうたいした商品が有るわけではない。自家用として棚田で作った野菜類がメインである。商品化を想定した物ではないので、我々が作る野菜類と大差ない。肝心なのは、こうした活動をじいさま達が立ち上げ、実に楽しそうに運営していることである。人は己の存在価値を実感するとき、希望と若さを取り戻す、とか。この地では老人医療費もおそらく相当低いのではなかろうか。後期高齢者とかいって、お金をむしり取るばかりが能ではあるまい。医療費を抑えるアイデアはたくさん存在するのである。
最後にじいさま・ばあさま達が発行している檄文を紹介しよう。かっての全共闘ではないが、過激なアジビラでもある。もっとも、読んでいてわくわくするような檄文ではあるが。今、まさに若き青少年達よりも、じいさま・ばあさまの世代から目を離せない、なんとも愉快な時代となってきたようだ。

2008年07月21日
地下より天空へ
学校も夏休みに入ったようだ。それにしても暑い。午前中はともかく、午後になると体が対応できない。じっとしているだけで汗ばんでくる。木陰にはいって、ぼんやりする時間が増えるばかりだ。ぼやいても仕方がないので、昨日の続きを行う。昨日は八朔の救出だったが、本日は温州ミカンの救出だ。最初の1本目はツルだらけ。足下から刈払機を使っていく。ふと枝先をみると、どこかで見たような物が。
温州ミカンがツルに絞め殺されている、といった状況ですね。

懐かしいですね。最近はとんとご無沙汰しておりました。7年余の地下牢生活からようやく脱出し、天空の世界へと旅だっていったのでしょうか。そう言えば今年はまだ鳴き声を聞いてませんな。なんでも17年周期で大量発生するとか。今年は平常年なんでしょうか。小生が少年期にはどこにでもありました。そして鳴き声もうるさいほど、あちこちから聞こえていました。時代が、環境が、変わってしまったのでしょうね。
少々ピンぼけなのはご愛敬ということで。
蝉の抜け殻にみとれていないで作業開始。とりあえずツル性の雑草を引きちぎろうと引っ張れば、あらあら、温州ミカンの本体がグラリと倒れてしまいました。テッポウ虫にやられ、根本が腐っていたようです。こうした事例が頻繁に発生します。ミカン農家の大敵はゴマダラカミキリ虫。
少しの力でツルを引くと、いとも簡単にひっくり返りました。
やむを得ないので次なる対象へと移動。こちらもジャングル状で、どうやら1本は枯れ死かかっているようです。残りの二本は救出できるかな。刈払機とノコギリで妨害草や樹木を切り払っていきます。ミカンを蘇らせるには、通風と太陽光線の確保が急務ですね。
どれが温州ミカンの木か、わからないですね。
こうした作業を続けていると、頭のうえのほうからエンジン音が。注意して観察すると、耕作放棄地となって久しい丘の上の棚田に耕耘機の姿がみえました。どうやら、もう一度農作業の再会を試みる方が現れたようですね。ありがたいことです。我々のような物好きな方か、祖先からの農地の現況を見かねた若き世代か、状況は不明ですが頑張って継続していただきたいものです。
原野となった耕作放棄地に耕耘機の姿が。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ おことわり ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どうやらPCの調子が限界状況へ来たようです。画面が震度8級に大揺れし雨降り状態となってしまいます。ハードの物理的要因かウイルスによるものかわかりませんが、症状が次第にひどくなっています。原稿のアップが変な時間になったり、アップできなかったりする可能性があります。買い換えできればいいのですが、6桁の金額は山の神の決裁が困難です。事情ご賢察のうえご容赦を賜りますようお願いいたします。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008年07月20日
八朔の救出を
谷間の農園の隣は地主のばあさまのミカン農園だが、作業ができないようだ。ミカンの木が枯れかかり、薮に埋もれ、ゴマダラカミキリの巣窟となっている。あまりにも状況がひどいので、最悪部分だけでもと救出作戦を行うことに。ミカン達もせっかくの命を全うし、たくさんの実りをもたらしたいであろうとの観測による。今回は4~5本の八朔の木を整備しよう。
一番まともな八朔の木。まだゴマダラにやられていないようだ。
作業の基本原則は足下からである。足場の確保を行うため、刈払機で雑草を切り払っていく。ツル性の雑草が繁茂し、一度や二度では切れてくれない。何度も刈払機を振り回しながら徐々にカットして、足下がすっきりしたのが上記の画像。ここまで来るだけで大変だった。なかには既に手遅れの八朔もあった。下記の画像などがそれで、こうなるとダメな部分を切断するしかない。大きめのノコギリを準備し、大胆に削除していく。
ゴマダラカミキリが繁殖しているようだ。株元をご覧いただきたい。小さな穴があいている。これはゴマダラの幼虫であるテッポウ虫が食い破った後なんだ。例年、夏の時期にゴマダラの雌が一匹平均200個くらいのタマゴを主に柑橘類に産み付け、タマゴが幼虫となって幹を食害するのである。枯れ死する果樹木が多々存在する。
直系1センチ弱の穴が多数あいている。
ツルといっても馬鹿にはできない。下記の画像を見ていただきたい。中央に垂直に垂れ下がっているのがツルの幹、直径3センチ位はあるだろうか。こんなのが八朔の幹にまといつき樹冠を覆って光合成が出来ないようにしてしまうのだ。

小生の谷間の農園もばあさまのミカン農園も雑草の浸食に脅かされている。すぐ真下の棚田まで既に侵されているのだ。下記の画像をご覧頂きたい。ここが、かっては緑の稲穂がそよ風にゆらめいていた瑞穂の土地と誰が想像できるだろうか。完全なジャングルである。ここまで雑草にやられると元の棚田に復帰させるのは不可能に近い。早めの段階で対策を講じたいのだが、耕作放棄され見捨てられていく棚田が増えるばかりだ。
すぐ真下の土地まで雑草が繁茂している。
ここが米作りをしていた棚田と誰が想像できるだろうか。
2008年07月19日
梅雨明け宣言
ようやく梅雨が明けたようです。いつも慎重な気象庁が今年は素早く宣言を出してくれました。近畿地方は16日だそうです。おかげさまで、ギラギラした真夏の太陽が容赦なく照りつけてくれます。湿度は高いし、気温も高い、風は全くといっていいほど吹かぬしヤブ蚊は多いし・・・・・・・・・・・・・こんな時は作業がなかなか出来ないですね。午前は早朝から11時位まで、午後は3時頃から6時頃まで、ここらが可能な作業帯でしょうか。
畑の真上の雲です。どこから見ても真夏の雲ですね。
無論、長ズボンに長袖シャツ、麦わら帽子に白いタオル、草刈り用のゴーグル、足は長靴と完全装備です。おかげでモロに暑いこと暑いこと。冷たい麦茶はたっぷりと持参しますが、どうかすると半日持たないですね。こうした日常の故か、メタボには縁遠いようですね。在職中は血圧も高めでしたが、最近は標準値前後に落ち着きました。ありがたいことです。よく言われるのが、このくそ暑いときに何を好きこのんで百姓仕事を・・・・・・・・・確かにそんな見方も存在有りでしょうね。汗びっしょりで作業中は確かにしんどいです。でも作業を終えて水風呂にはいり、冷たい麦茶をもう一杯となれば、何とも言えない幸福感に包まれます。ウソだと思われたら一度お試しあれ。やみつきになりますよ。
1時間ほど経過したら、雲の形がガラリと変わりました。
7月の中旬から9月の中旬位までのおよそ2ヶ月間は灼熱の太陽下での作業となります。怖いのが日射病と脱水症。連続作業をしないのと程よい休息それにたっぷりの水分補給が必要ですね。山仕事にはいるときは2リットルのテルモス2本を持参してましたが、さすがに4リットルはお腹にこたえます。やはり2リットル位が適量かな。日陰での休息を頻繁に取ることの方が大事でしょう。
夕方の4時頃になれば結構過ごしやすくなります。反面、ヤブ蚊の活動時間帯となり、集中攻撃を受けるはめに陥ります。蚊取り線香などあまり効果ないですね。何せヤブ蚊の数が多いですから。アラブの女性ではないですが、全身を覆って肌を露出しないのが一番賢明かもしれませんね。真夏の太陽のメリットは乾燥が早いこと。刈り取った草があっという間に茶色く変身します。おかげで焼却処分がはかどること。ライター1本で簡単に処分できます。公式には野焼き処分はいけないのでしょうが、分量も少ないし、残りの灰はいい肥料になるし、手間はかからないし・・・・・・・・・・ということで山火事に注意しながらの放火とあいなります。
大量にあったツル性の雑草がきれいに燃えてくれました。
2008年07月16日
一村一品運動
我々の共同農園では数名の仲間達が農作業を行っているとは、既に紹介している事だが、これが結構個性的というか独自性があっておもしろい。同じ場所なので地域性や土壌の相違等はないだろうが、作る作物が結構違ってくるのである。好き勝手に作っているのだが、その「好き勝手」に各位の個性が出てしまうのである。ある日ある時の畑を覗いてみると・・・・・・・・・・・・・・・
Kさんの畑。代表作は種なしスイカ、3年はかかるそうだ。
マクワウリ ゴマ
続いてはOkさんの畑。この方は定規で測定したような畑作りが特徴だ。代表作はトマトとナス。トマトは水気を嫌い、ナスは水を好む。この相反する性質をうまく調和させた独自の農法には感服する。
トマト ナス
次はMtさんの畑。Mtさんは徹底した草抜きが特徴である、最近は忙しいのか暑いのか少々草が蔓延っているようだ。代表作はミョウガとゴボウである。
ミョウガ ゴボウ
続いてはIさんの畑。彼は、アルバイトと畑の掛け持ちで時間的制約が大きいのだが、こまめに手入れを為されている。竹を組み上げた棚作りカボチャが代表作、それと大葉かな。
カボチャ オオバ
次はIkさんの畑。例の新婚さんである。彼のところは労働力が極めて豊富、何せ父君と奥方が常なる助っ人なんだから。3人で一人分の畑だから、微に入り細に入りで耕作が可能だ。今はトウモロコシとミニトマトが代表作。森が近いので敵機来襲に気をつけて。
トウモロコシ ミニトマト
最後は大御所のUさんだ。最高齢者だが体力年齢は一番若いとの、もっぱらの噂である。自称37歳というのも、当たらずとも遠からずというところだろうか。
代表作の通常版スイカ。畑にゴロゴロしている。
赤シソの畑。梅干し用に、むしり取る仲間達が多いのだ。
かように同じ場所でつくっても滅法に作物が違ってくる。各位の好みと適性とで自ずからなる選択が為されているのだろう。大分県の一村一品運動ではないが、各位の得意分野で勝負してもらい、全体として大いなる成果を上げられればと願っている。平松知事のような名リーダーは存在しないが、集団の英知というものもある。頑張って参りましょう。
2008年07月10日
ゴマダラカミキリ
なんとも愛嬌のある虫である。子ども達が戯れて遊ぶには格好の虫である。カブトやクワガタにも匹敵するのではなかろうか。最も大人にとってはやっかいな相手である。特に我々のように果樹栽培を行っている者には、とんでもない害虫なんだ。果樹木に入り込み、中から幹や葉を食害する。結果、枯れ死する樹木が後をたたない。とりわけ柑橘類がお好みのようだ。
体長は約3センチ、黒い羽に白い斑点が特徴だ。
丁度この時期が活動期だ。6月~8月頃に盛んに飛び交い、主に柑橘類の枝や葉を食い荒らす。成虫の生存期間は3ヶ月~4ヶ月くらいと言われるので、この時期に恋をして産卵する。1匹の雌が平均200個ぐらいのタマゴを産み付けるそうだ。この時に狙われやすいのが、柑橘類の根本付近である。
なんとも愛嬌のあるヤツなんだが、食害さえなければなあ。
無論、人間様も手をこまねいている訳ではない。対策用の薬剤も存在するのだが、なかなか効果的とは言えないようだ。とある果樹農家に教えていただいたのが、厚手のビニールによる被膜である。肥料等が入っていたビニール袋を切り裂き、二重三重にして根本に巻き付けるのだ。下記の画像がそれである。こうすればゴマダラカミキリが産卵できず、結果的に個体数が減っていくとの理屈なのだ。廃物利用なので経費不要の対策法だ。もっとも果樹木は守れても、クヌギやコナラなどでも産卵するので個体数の減少につながるかどうか。
レモンの木 ウンシュウミカンの木

子どもの頃にはゴマダラカミキリを捕まえてよく遊んだものだ。今の子ども達はどうだろうか。ひょっとしたら存在自体をしらないのかも。個室のなかでゲーム機相手や、日々の予習復習に追われていたら、野山に出ることもないのかもしれないな。考えようによってはとても恵まれた存在なのだが、反面、一番不幸せな存在かもしれない。
2008年07月05日
1冊の絵本のような村
真っ青な空と真っ白な雲・・・・・・ただそれだけでいいのだ。

村は棚田の里、ご先祖様達が苦労して切り開いてくれた棚田が青々として早苗を育ててくれている。貴重な遺産なのだ。だが耕作する村人たちも年老いた。若い人はほとんど見かけない。街への通勤なのだろうか。我々のような物好きな部外者が、例外的に入り込んでる位だ。我々のような者が、耕作放棄地を細々と耕しても追っつかないだろう。村の若い衆が農への志を持って欲しいものなんだが。
葛城山を望む棚田の一角、絵になる風景だ。
ここにも透き通るような青空と白い雲が。
Mさんが語っておられた。「俺は首になってもいい、村の人が何とか生き残れる道を準備しないと・・・・・」苦渋の上の決断だったようだ。自称「村の応援団」としても、なんとか力になってあげたいのだが。出来うることは村の良さと村の美しさとを発信するぐらいだろうか。
無限遠に伸び続けるかのような早苗達。
村の中にもこんなおしゃれなレストランが。
世間的には何にもない村、ただ感性豊かなごく少数の人々にとっては夢の村。絵のような風景がそこかしこに広がっている。あるのは山と森と田圃と水と真っ青な空と白い雲と・・・・・・・・たったそれだけなのだが、充分すぎる程なのだ。曲がりくねって細めの小道を、のんびりと歩いてみよう。普段は気づかなかった、何かが見えて来るかもしれない。
村の中は緑と青と白の世界、透明感の漂う色彩だ。
雲は既に真夏の装い、積乱雲へと変化するのも時間の問題。
村中にポエムの世界が広がっている。もっとも感じ取れるか否かはあなた次第かもしれないが。梅雨の合間の中休みに訪ねてごらん、森の妖精達が喜んで迎えてくれることだろう・・・・・・・・と信じていますが。
2008年07月02日
夏の風物詩
子どもの頃を振り返ってみよう。夏になると甘酢っぽい思い出が多々あられるのでは。梅雨が明けると夏休み、子どもにとって一番楽しい季節かもしれない。一昔前まで、子どもの遊びといえば、山であり川であり原っぱであり田畑であり・・・・・・・・・・自然のフィールドの中で自分たちで工夫したものだ。与えられた遊具など皆無であった。中でも楽しかったのが夜店のひやかし。お小遣いなど潤沢にあるわけでもないが、露店から露店へと彷徨い歩くのが楽しみだった。なかでも香ばしい臭いと一緒に大きなトウモロコシが並んでいるのは壮観だった。
実りだしたトウモロコシ畑。
そんな思い出が根底にあるのか、トウモロコシを毎年作っている。野菜類の中では比較的連作障害も出にくく、作りやすい部類だ。自家受粉なので必ず二列縦隊で植えつける。今年は二列縦隊を二組、即ち4列植えつけた。ボチボチ実が着き出して収穫もまもなくかも知れない。鳥たちの来襲に備えなければならないな。
株の先端即ち頂部は雄花である。雌花は幹の途中にある。
このトウモロコシも近年は話題をさらっている。いわゆるバイオ燃料のことである。ガソリン価格が高騰し、7月にはいったらレギュラーで180円突破。従前の倍の価格である。スタンドに行っても気軽に満タンとは言えなくなった。当然に、知恵ある人間は代替策を考える。それはいいのだがトウモロコシは貴重な食料なのだ。メキシコなどはトルティーヤといって主食になっている。代替策は非食料でお願いしたいものだ。
世間ではヤングコーンとか言うそうな。
まだまだ収穫にはほど遠いようである。収穫期の目安は、コーンのひげが茶色くなって先端部が黒っぽくなってきた頃である。カラスやキジ或いはヒヨなどの方が収穫期をよく知っていて、タイミングを外すと全滅の可能性があるので要注意だ。小生も過去に苦い体験がある。安全策としてはネットを張るのが一番いいかな。
トウモロコシは夏の風物詩。こどもの季節を表現しているのかも。
梅雨のど真ん中で蒸し暑い日々が続いている。雑草だけは遠慮なく成長して、野菜よりも雑草が勢い良さそうだ。この草取りが日課なのだが、湿度が高くて蒸れるのでなかなか進まない。作業時間より休息時間のほうが長いかもしれないな。冷たい麦茶を飲みながら畦道を眺めると、オレンジ色の綺麗な花がけだるそうに咲いていた。
2008年06月27日
たった1個のリンゴ
朝靄の中で木の葉の間から赤っぽい色が・・・・・・・あれ~何だろうと覗いてみると、なんと1個のリンゴが。数日前のカリンの話ではないが、リンゴも8年前に植えた樹木である。二本植えて花だけは咲くものの、いまだ実を着けたことはなかった。それが1個だけとはいえ、確かに実っているのである。間違いなしのリンゴだ。興奮を抑えながらシャッターを押す。まずはご覧あれ。
小さいとは言え、正真正銘のリンゴだ。
リンゴは北国の果物、果たして南河内で育つのか、実るのか、半信半疑の気持ちで植えつけたのだが。たった1個とはいえ、みごとに実ってくれた。それだけで感謝、感謝、である。リンゴについては、以前に青森のリンゴ農家木村秋則さんのことを紹介したと思うが、本来温帯湿潤な日本の気候で、無農薬(無消毒)で育つような果樹ではないのである。木村さんは不可能とも思えた無農薬・無肥料によるリンゴ栽培に成功された。木村さんにあやかった訳でもないが、小生も無農薬・無肥料でリンゴの木を育ててきた。まさか実るとは思ってもなかったのだが。
よくよく注意してみると、何と、かじられている。
どうも最初に発見したのは山里の小鳥達だったようだ。下半分がみごとにかじられている。たった1個だから、完全な姿を残していて欲しかったのだが。
おいしい部分は良くしっているようだ。
これで南河内でもリンゴが実ることがわかった。これからは心して手入れしていこう。まずは最初に整枝作業だ。6月が丁度作業シーズン、余分な小枝や葉っぱを除去してやろう。太陽光線と通風が必要なのはどの果樹も同じ、光合成が出来るように配慮してやらねば。晩秋以降には剪定作業が待っている。それに本式にリンゴを得ようとすれば、摘蕾作業や摘果作業なども必要だ。来年は忙しく成りそう、もっとも楽しみながらの忙しさだから、これまた感謝の一言かな。
「夜目遠目傘の内」ではないが、うっすらと見てる方がありがたいかな。
2008年06月26日
匠の技
当地はナスの栽培が盛んである。専業農家の数も結構に多い。もっとも、その大半はビニールハウスによる管理栽培で、いわゆる露地栽培をやっておられる農家は自家用を除き非常に少ない。今回紹介するのは、そうした数少ない露地栽培の農家さんである。花街道の途中にあるのだが、70代後半と覚しくご夫婦が二人でやっておられる。水を好むナスの性質にうまく適合させて棚田の一角を米作りではなくナス作りに活用しておられるのだ。
みごとなナス畑だ。欠株もなく生き生きと成長している。
他の野菜類もそうだが、ナスは特別に水分を好む。それに通風と太陽熱が必要だ。実がなり出すとそれなりに重くなり、枝に負担がかかる。こうした特質を理解した上で対応策を取らねばならない。
畝間には用水路が掘ってある。時々ここに水を流すのだ。
ナスは一本づつ針金で、支柱間をつなぐケーブルへと引かれている。実の重みで茎が垂れ下がるのを防ぐのだ。この対策をやっておかないと、実が垂れ下がり土まみれになって虫や病気にやられやすい。出荷用は色も形も美しく仕上げるのが基本。同じナスでも商品価値がころりと変わってしまうのだ。
ナスの幹は針金でケーブルに吊り下げられている。
張り巡らされたケーブル群。整えられたナスが一列縦隊だ。

田圃の畝間を回ってきた水は、ナスに十二分に吸収される。そして最後は用水路に落ち、次の田圃へと移動するのだ。同じ水が幾つもの田圃をうるおし、最後は川となって下流の街の水源となる。肥料や農薬に神経質にならざるを得ないのである。
ここから用水路へと落ちていく。
それにしても見事なナス畑である。ナスの特性を理解した上での植えつけ、支柱やケーブルの張り巡らし、水の流水通路、肥培管理・・・・・・何をとってもプロの技としか言いようがない。我々もナスを作ってはいるが、なかなかここまでは出来ない。毎日、車で横目に見ながら走っているが、ため息が出るばかりである。
耕作者は70台後半と推定しているが、経験を重ね、幾つになっても現役で活躍できるのは実にすばらしい仕事である。60歳とか65歳とか、定年の議論が喧しいが、本来は死ぬまで現役というのが理想だろう。もっともその前提には、各位の好むところと適するところ、という条件をクリアーする必要があるのだが。
何度見ても惚れ惚れする。いい光景だ。
2008年06月17日
熊野路からのメッセージ
先日、毎日放送のテレビで「住人十色」という放送番組があり、仲間のKtさんご夫妻が出演されていた。彼の地をつれあいと訪ねたのは、もう数年前の話である。農家レストランという聞き慣れない名称に、興味津々で熊野へと車を走らせたのだ。龍神のトンネルで電話して、と忠告されていたのをすっかり忘れ、細い山道を四苦八苦しながら訪ねたのも懐かしい思い出である。画面で拝見したお姿は、すっかり白い物が増えられたが、とてもお元気そうだった。シアワセ・・・・・という一言で全体が表現できるような生活である。
熊野路は青と緑の世界だった。
ご夫妻とお会いするまでは、農家レストランなるものがどんなものか見当もつかなかった。訪問して、自家製の野菜や鶏卵或いは野山の恵みなど、地域でとれたものを素朴な味付けで調理していただき、おいしいコーヒーまで頂戴する頃にはすっかりとくつろいでいた。聞いて驚いたが、ご夫妻は同じ街の隣の団地の方であった。不思議なご縁である。里山倶楽部で数年間の事前準備を行い、田舎暮らしを始めたのだとか。
風貌は仙人に近づかれたような。 敷地は1600坪。十分ですな。
レストランへのお客様。 ここで御飯を。

里山倶楽部に集う面々も動機は様々である。中にはKtさんご夫妻と同じような発想の方もおられるかも知れない。現に地方に移り住み農業や林業に従事されてる方も多々おられる。我々は都会の中の田舎暮らし派かな。純粋田舎暮らしではないが、それなりに田舎暮らしを満喫している。要は個人の充足感、平たく言えば満足できてるか否かであろう。形は様々でいいのだ。
セルフビルドの昼寝小屋。階下はサウナ風呂。
お昼寝タイム。静かな午後のひととき。
数年間の時の経過が、あっという間に縮まってしまった。貴重な映像とともにご夫妻の近況を提供していただいた毎日放送には感謝したい。画像の撮り方はさすがにプロで、実際の現地よりも美しく思える程だった。
夜にはお昼寝小屋が宴会場に早変わりとか。
Ktさんご夫妻のこうした生活を拝見していると、ヒマラヤの小さな仏教王国ブータンのことを思い出す。前国王がGNH(国民総幸福量)という新しい座標軸を提唱された事で注目を浴びる国家である。九州ほどの国土に60万位の人口、モンゴロイド系なのか昭和20年代の日本人を想像させる風貌や風俗習慣・・・・・・・・・近い親戚なのかもしれない。同国では国王の方針に則り、伝統文化や自然環境の保護、教育や保健・医療等に力を注いでおられる。近代文明の恩恵に浴した我々が、富の生産と蓄積 (平たく言えば、どんだけ札束を稼いだか) を価値基準としたのと180度方向が異なるようである。21世紀にはいった今、ブータンやKtさんご夫妻が発信されるメッセージは、我々に何を問いかけているのだろうか。
熊野路は静かな夕闇につつまれ、1日が終わっていく。
2008年06月14日
ラッキョウを漬けよう
収穫して持ち帰ったラッキョウがおよそ4キロ程あった。早速つけ込むことにしよう。ラッキョウは漬け物以外には利用方法が思いつかない。もっとも毎年の収穫が3~5キロ位だから漬け物だけで十分かな。ラッキョウをつけ込むには事前準備が必要で、これが結構めんどくさい。1個単位で根と上端を切り、薄皮を剥がねばならないのだ。手は真っ黒になるし、腰は痛くなるし、で単調な作業をこなしていく。
結構たくさんの収穫があった。Kさんの分は別途手渡し済みだ。
手を真っ黒にしながら、1個1個薄皮を剥いていく。気の遠くなるような作業なのだ。商品としてのラッキョウ漬けはどうしてるのだろう。機械加工だろうか。
薄皮を剥いたラッキョウは水洗いしザルに盛って天日干しを行う。水気を切るためだ。程よく乾燥したら、漬物用のガラス瓶と専用の漬け物液を準備する。最近はすべからく便利な物が多くて、ラッキョウを漬けるだけで済むように専用液が開発されている。商品名を「らっきょう酢」といって一袋1キロ用で400円程度。この液をガラス瓶にいれ、ラッキョウを放り込むだけの簡単さ。料理が苦手な小生でも簡単に作れるのが大きな特徴である。
ラッキョウは水洗い後に天日干しを行う。

街には、漬け物専用液が販売されている。中身は醸造酢、砂糖、ハチミツ、食塩、昆布などで、ラッキョウ漬け専用に開発されたもののようだ。よくしたもので毎年6月頃になるとスーパーの店頭に並んでいる。似たような商品が多くのメーカーから販売されてるようなのでお好みで選んでもらえれば。
天日干しが終了したラッキョウをガラス瓶の中に入れ、上記の専用液を注ぎ込む。1個のガラス瓶で丁度2キロがセットできた。あとは冷暗所に保管し、時々揺すってあげるのだ。上記ラッキョウ酢の説明書では、2週間くらいで食卓への提供が可能との話だが、某氏によるともう少し寝かした方がおいしくなるとか。そこはそれ、各位のお好み次第ということで。皆様もお試しあれ。
準備が完成しました。熟成待ちかな。
2008年06月12日
旅立ちの記
キジが抱卵を初めて二十日以上になる。なんぼなんでも雛は誕生してるだろうとの想定で、こっそりとラッキョウ畑に近づいた。親鳥はいない。薮をかき分けそおっと草を広げると、タマゴのかけらが転がっている。2個だけはタマゴのままのようだ。雌キジの抱卵前に確認したときは、確か7個のタマゴがあったようだ。結果から分析すると、2個のタマゴがそのまま残り、4個が割れている、1個分が不明。想像するに4羽の雛は誕生したようだ。2個分が失敗、残り1個分はどうしたのだろう、カラスなどに襲われたのだろうか。
2個のタマゴはそのままだ。誕生できなかったようだ。
少し離れた場所にも割れた卵が広がっている。
タマゴの割れ方からして4個分のタマゴからは無事に雛が誕生したようだ。3個は諸般の事情で誕生できなかったのだろう。親キジはどうも小生の谷間の農園を縄張りとしている模様。数年前にも似たような事件があった。そのときは抱卵したばかりのようで、小生が気づかずに刈払機で雌キジの体に迫ったのでびっくりして飛び出したのだ。タマゴだけが残ったが、次の日に訪問したときは無くなっていた。親キジが別の場所に移したようだ。
さて小生の農園では、農園と道路との間に小さな森が存在する。その近辺からどうもキジの親子らしい鳴き声が時折に聞こえてくる。抱卵していたのが小生のラッキョウ畑だったので、子どもの養育には不適と考え、どうもこの森に雛を移した模様だ。キジの世界にも、孟母三遷の教えがあるのだろうか。
この森の中からキジの親子と思える鳴き声が。
何れにしてもキジの出産は終わったようだ。これからはもっと厳しい子育てが始まる。天敵も多いだろう。4羽と思える雛たちが無事に育ってくれるか、不安はあるが、彼らの生命力に期待する他はない。ラッキョウ畑も収穫期、明日にでもラッキョウを掘り出そうと思う。



