2008年03月31日

お不動さん

久方ぶりにお不動さんを訪ねる。ここは日本三大不動の一つで、毎月28日が月例祭すなわち縁日である。近在の人ばかりでなく他府県からの参拝者もおおく相当な賑わいとなる。農作業を少し早めに終わり、車を石川の河川敷に止め、ぶらぶらと歩き出す。季節の故か植木屋さんや花屋さんが多い。子どもの好きな鯛焼きやイカ焼き、おこわにだし巻き、リンゴあめや綿菓子などの露店も多数並んでいる。


お不動さんの本堂。中では護摩供養が行われていた。たくさんの善男善女が手をあわせ、祈りを捧げる。

 




















一番多いのは植木屋さん花屋さんか。

 

地域が農村地帯の故か、刃物屋さんや農具屋さんも多い。商店街や量販店などが出来るまでは、ここが生活物資の主たる購入場所だったのだろう。













































孫達にねだられたのだろうか。綿菓子や鯛焼きを買い求めるじいさま・ばあさまが、とてもうれしそうだ。孫を持てた喜び、孫と一緒に参拝出来る喜び、今日も元気で歩ける事の喜び・・・・・・・そういったものが自ずと表情に表れているようだ。

 
 

そういえばもうお昼時、河川敷では持参したお弁当や買い求めた赤飯などを広げる人々が。のどかな春の一日、家族そろって参拝するのもいいものだ。5月28日は春季大祭、およそ200名近くの山伏が集結し、ホラ貝を鳴らし読経しながら行進するそうだ。聞くところによれば、ここは弘法大師が開祖のお寺、真言密教の修行の場でもあったのだろう。春季大祭をとても楽しみにしている。 

  

Posted by とんび at 05:36Comments(0)TrackBack(0)山里の歳時記

2008年03月30日

畦道の華

春になると暖かい、これは南国育ちの小生には非常にありがたい。ポカポカした陽気の中で、野辺を歩くとあちこちに野の花が。こうしたとき即座に花の名前が出て、花言葉や由来などが飛び出し、花にまつわる文芸作品の一節などをスラスラと暗唱できれば、と願うのだが。現実は厳しいですね。図鑑片手に名前を調べるのがやっとこさ。苦労します。

農園への畦道を少し歩いただけで数種の花をみつけました。
         
                      ヒメオドリコソウ 



























                        ホトケノザ

























            
                         タンポポ

 
























                          コナスビ

























                            オニノゲシ

         
             
                        フキノトウ  
    
























            
                     カラスノエンドウ

























いずれも世間的には雑草と呼ばれるものですが、なんのなんの。花屋さんに並んでいるブランド物の鉢植えなどより数段美しいと思いませんか。置かれた環境の中で精一杯にいきている、自らの命を活かしきっている、・・・・・・・・・・・・・・その健気で懸命な姿が人の心を揺さぶります


野辺を歩くと、毎度の事ながらいつも新たな発見に驚かされます。そして、いかに自分が何も知らないのかと痛感させられます。「日暮れて道遠し」の感は否めませんが、おそまきながらボチボチと学んでいこうと思ってます。「幼稚園の砂場で全てのことを学んだ」というタイトルの書物がありましたが、自然の中で、里山の風景の中で、実感を伴った学びを続けたいですね。



     (注)図鑑の読み不足で名前の間違いがあるかもしれません。その折には平にご容赦を。

  

Posted by とんび at 05:28Comments(0)TrackBack(0)里山に遊ぶ

2008年03月29日

渋柿の接ぎ木

今日は柿大好き青年のKさんが、「柿の接ぎ木」を実演してくれるという。無論、柿は渋柿。とことん干し柿にこだわる御方だ。早速カメラ片手に横にへばりつくこととしよう。


まずは親木(台木)を探す。ちょうど野生種の柿の木があったのでこれを親木(台木)とする。1メートル位の高さで切断する。この高さは作業がしやすいのと、万が一失敗しても上部を切断して再度の親木として利用可能だからだそうな。計算づくの切断なのだ。

         

接ぎ穂は作りたい品種の柿の枝から採取する。Kさんは大粒で渋みの強い品種を選んだ。早速下準備にかかる。コケなどを剥がし、親木の上部をきれいにする。その後鋭利なナイフで端の方に軽く切り込みを入れて、そこに接ぎ穂を差し込むのだ。

 

 




















このままでは接ぎ穂が落ちるのでテープ巻きにする。親木と接ぎ穂の接着をテープで補強してあげるのだ。
                  
    



最後には、接着部に雨風があたらぬように且つ水分が蒸発しないようにビニールで覆ってあげる。Uさんによるとビニールの中にコケを入れるといいそうだ。さてこの接ぎ木、無事に生命の引き継ぎができあがるかどうか。後日また報告します。お楽しみに。
                                                           
























数日前に「萌芽更新」のことを紹介したが、「接ぎ木」もある意味同じ内容かもしれない。親木(台木)の持つ水分や栄養分の吸収力を活用してひこばえや接ぎ穂の生育を助けるのだから。従って親木を何にするかによって、接ぎ穂の性格が変わる場合もありうる。栽培家によってはこの性質をうまく活用し、新たな品種の開発をねらうこともあるそうな。


  

Posted by とんび at 05:18Comments(0)TrackBack(0)とんびくらぶ

2008年03月28日

炭窯の新設ー7

いよいよ最終段階に入ってきた。今日は釣り天井の構築だ。炭窯で一番難しい部分である。パーツは既に鉄工所の社長であるYさんによって作り上げられている。うまく天井を釣ってくれるかどうか。さっそく天井部分の土固めにはいる。
                                                          





















天井を釣り下げる鉄板の位置を決める。煙突と焚き口を結んだ直線上で、天井が一番盛り上がった位置だ。糸を張って慎重に位置決めする。皆さんなかなか上手である。あとは天井の構築だ。約30センチの厚み予定で土盛りし固めていく。天井にはダンバーは使えない。ひたすら叩くのみである。              
                         
 




















             

どうにか天井部分も仕上がった。次は排煙の通気テストだ。煙がうまく窯内をとおり煙突へと逃げてくれないと再度のやり直しとなる。つまり大失敗ということ。そうならないことを願っている。焚き口に型取りの為詰め込んだ竹を外し、小枝でテスト燃焼をやってみる。どうやらうまくいったみたいだ。

 
 






















排煙の流れをみて、煙突が低いとの師匠の声。さっそく調整にはいる。長老Tさんはお手のものだ。

 

さてテストもうまくいった。最後に天井を釣りさげたら、窯は仕上がりだ。天井の重みを支える丸太を横に渡す。ここに番線で釣るのだ。この道9年のInさんが慎重に取り付ける。

 



















どうやら仕上がったようだ。あとは雨風をふさぐ屋根が必要だが、それは次回の作業としよう。とりあえず、これをもって炭窯の完成としたい。さあ、完成記念の焼きそばパーティが始まるぞ。みんなサロンに集まれ。








  

Posted by とんび at 05:23Comments(0)TrackBack(0)森のお仕事

2008年03月27日

野菜畑が花畑

シイタケの植菌や炭窯の新設にかまけていた。久方ぶりに農園にでかけると、あらまあ~・・・・・・えらいこっちゃ。いつのまにか野菜畑がお花畑に変身している。春先の気温の変化が植物の急成長をもたらしたのか。そういえばここ数日やたらと暖かかった。

                    超満開の菜の花畑
 




















         大根も満開                       白菜も満開          
  
                        水菜も満開  


畑だけではなく、法面も花盛りとなっていた。一斉に春がやってきたのか。メジロの大群が喜び遊び、蝶や蜂たちも蜜集めに大忙しだ。彼岸桜も超満開。 

 



















法面には、ヒヨドリのマイホームも見つかった。今年は子育てしないのかな。まだ住み着いてはいないようだ。 
                                 
 






















  

Posted by とんび at 05:10Comments(2)TrackBack(0)畑の作業

2008年03月26日

炭窯の新設ー6

今日は新兵器の登場だ。前回、人力作戦の土固めに仲間達が悲鳴をあげたのが原因かどうかは定かでないが、またもやOmリーダーがオークションで入手した武器だ。名をダンバーという。簡単にいうと土を圧力で固める加圧機とでも言おうか。




早速の使用をと思うが、どうにも調子が悪い。あちこちさわっていくと、ガソリンがうまく流れていないことが判明。さっそくメカニックが登場し、たちまち修理する。人材豊富な里山倶楽部の面目躍如というところだろうか。
                                                    




















本調子が出ると早速大活躍する。人力とはえらい違いだ。二人一組でどんどん加圧していく。水分を抜くためにセメントを混入したが、ダンバーがうまく土中に埋め込んでいく。

 

無論土の運搬や攪拌にはユンボが活躍する。これまたいつのまにかメンバーが運転を始めている。運転手のNさんは食堂の大将、同じくYさんは鉄工所の社長・・・・・・・・・・・・・みんな何時の間に運転操作をマスターしたのか。

 














             

マシーン達の大活躍で作業はどんどんはかどっていく。いつのまにか窯も天井部分を残すのみとなった。この調子で進むと本日中に完成するか・・・・・・・・・・それはチト甘いだろうな。
                                
 

  

Posted by とんび at 05:24Comments(0)TrackBack(0)森のお仕事

2008年03月25日

萌芽更新

広葉樹には一種独特な習性がある、萌芽更新だ。この特性は針葉樹にはみられない。どうしてなのなかは小生には不明だが、この習性を利用して里山は永年にわたり活用されてきた。すなわち薪炭林としてだ。かってはマキとスミが燃料の主役だった。化石燃料の出現による「燃料革命」によって、すっかり様変わりしてしまったが。


                 萌芽更新(ほうがこうしん)



これは昨年伐採したクヌギの根元である。たった1年強でひこばえがこんなに大きくなっている。ものすごい生命力だ。苗木を植えてもこうはいかない。やはり根本が残り、水分や栄養分を吸収する力が強いからだろう。この習性は他の広葉樹にも広く見られる。他の樹種をのぞいてみよう。
 
           樫の木                          楠の木

    


樹種は不明だが、かなりの老木だ。生命力も弱っているのだろう。ひこばえを成長させる力が、ほとんどないようである。里山倶楽部の城郭への入り口にある。ご存じの方も多いだろう。              

           


極めつけはこの画像である。先月の雪の日に近所の公園で撮ったものだ。台風で倒壊した楠木が、通行妨害になる部分だけ伐採され、あとは放置されていたものだ。根は残っていたのだろう。切断された幹からひこばえが生え、それがかくも大きく天に向かって成長している。広葉樹の持つたくましきパワーである。クヌギやコナラはこの習性を活用し、伸びたひこばえを10年くらいで炭材として活用していた。区画を決めて、10年単位で回していくと、エンドレスで炭が作れるのである。ご先祖様達は偉大だった。最近になって「循環型社会」を、と識者が叫んでおられるが、とっくの昔にそうした社会は実在したのである。知らなかったのは我々だけだ。


  


                      美しきかなクヌギの木。

               

Posted by とんび at 05:16Comments(0)TrackBack(0)樹を植えよう

2008年03月24日

炭窯の新設ー5

今日は窯土の運搬と土を固める日だ。まずはダンプで土を運んでくる。近在の農家で土を分けて貰っているのだが、何せ狭い山道を運ばねばならない。ダンプの通行も四苦八苦だ。対向車が来ればアウト。この土、小生は粘土とばかり思っていたが、師匠に聞くとまさ土とのこと。何でも粘土で窯を焼くと土がボロボロになって崩落するとか。まさ土を叩いて固めて中の空気を追い出しながら窯とするそうだ。

                                                        
 






















バックであがり、上手からスライダーで土を窯へ落とそうとの作戦だが、ダンプがスリップする。最初は手前でおろし一輪車で運んでいたが仕事にならない。地面が乾いてきた頃を見計らって再度の挑戦、今度はうまく登れた。スライダーの出番だ。

 
               
             

無論、窯口の方は土嚢で土止めする。そして体重とかけやと突き棒で何度も何度も土を固めていく。冒頭に述べたように、土中の空気を追い出さねばならない。

 

スライダーで土を落とし、踏み、固め、空気を追い出し、・・・・・・・・・・・・の作業が延々と続く。少々飽きてくるが、手を抜くわけにはいかない。仲間達にも疲労の色がでてくる。長老Tさんによると、この近在ではたった二人で窯作りをやっていたとか。気の遠くなるような話だ。

 

だいぶ窯の回りも固まってきた。まるでマンモスが地中に埋まっているかのようだ。1日中、作業を続けても外観上は大きな変化なし。成果が目の前に見えないと満足できないのが大阪人の悪い癖か。気持ちだけが急いでくる。

              


土踏みだけで夕暮れとなった。疲れた体を持尾城の花木が慰めてくれる。城主であるQさんが若かりし頃に植えられ、丹誠込めて育てられたものだ。ちなみにQさんは有機栽培無農薬農法の創始者とも言える方である。その筋では知らない人がないくらいの著名な方。われわれにもとても気さくに接してくださる。








  

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2008年03月23日

3月22日(土)定例会報告

今日は朝から快晴、皆が待ち望んでいた日だ。前回が雨で植菌できなかっただけに、気分も高まる。本日の予定はシイタケの植菌と果樹木の植栽それに肥料やりとタケノコの試し掘り、できれば雨中で倒したクヌギの後処理・・・・・・・・・・・・・とメニューは多彩だ。どこから手をつけようか。うれしく困った。


久方ぶりにKoさんが参加、器用な手つきでドリルを操り、ほだ木に植菌用の穴を開けてゆく。
























他のメンバーも次々と植菌していく。この木から出たシイタケはワシのや・・・・・・・・と言いながら。

  

1年から1年半ぐらいすれば、こんな状態になる予定だ。水分がおおければ、もっと巨大なシイタケが出現する。

 

体力抜群のUさんはクヌギの処理だ。近在の某泥棒さんも罪な事をする。後処理が大変なのだ。泥棒さんが盗みそこねたクヌギもシイタケのほだ木として活用してやろう。

 





リーダーのIkさんは黙々と苗木の植栽をやっている。今回は柑橘類が多いようだ。この果樹園も先人達の尽力によって種々の果樹木が生長している。次は我々が後世の為に何を残してやれるか。

   

 

今日も菓子作り名人のOさんが、イモヨウカンを作ってきてくれた。疲れた体に上品な甘さが染み渡る。春霞に浮かぶ葛城山を望みながら、しばしの休息。

             

  

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2008年03月22日

炭窯の新設ー4

引き続き炭材を立て込んでいきます。窯一杯にするのはなかなか骨が折れます。まだスカスカの立ち枯れ松だからましなんですが、正規のクヌギやコナラであれば相当な重労働となります。上面もほぼ水平がとれてきました。


 

 


続いて窯口の制作にはいります。またもや耐火煉瓦の出番です。粘土で慎重に積み上げていきます。

 
          
 
 


窯口が完成したら次は炭材の上部の完成に向かいます。水平がとれた炭材の上に木っ端(木片)とナル(小枝)を敷き詰め、形を整えていきます。
 
 
 

炭窯の上部の形が整ったら、次はコモかぶせです。粘土が炭窯の中に落ち込むのを防止する働きがあります。いまどきコモなども販売しているんですね。Omリーダーが通販で取り寄せたとか。よくぞ販売店を見つけたものです。
















      
           


窯口のコモかぶせが一番困難ですね。ここはやはり師匠の出番。総指揮官である長老のTさんがうまくコツを指示しながらまとめあげます。

       


最後はやはり総指揮官の長老Tさんによるコモのチェック。この仕上がりが悪いと粘土の活着がうまくいかないそうです。結果的に窯の形がいびつになり、商品たる炭の仕上がりに影響してくるとか。我々では、なかなかそこまでの配慮が出来かねます。OKが出たら雨よけのブルーシートを張って本日の作業は終了っと。






  

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2008年03月21日

3月20日(祝)定例会報告

本日は強い雨。雨のため例会は中止とのメールが回ってるのに、「今日しか時間ないやんけ」と次々に仲間が集まってくる。熱心というか、老いの一徹というのか、それともボランテイア精神豊富とでもいうのだろうか・・・・・・・・・。早速軽トラから発電機とドリルを降ろし、坂道を運び上げる。そう、今日はシイタケの植菌の予定だった。


  


途中には一本橋みたいなルートもあり、一輪車の運転に苦労する。坂道を登るのも3人がかりだ。足下が滑り、四苦八苦しながら発電機やドリルを小屋まで搬送する。

                                            
  

発電機は小屋にしまいこみ、次はかかり木の処理にかかる。これは入り口付近にあるクヌギを近在の人がシイタケ用に持ち出そうとして伐採に失敗し、途中でほたっていたものだ。非常に危険なので雨中だが処理する事にした。滑車を使用して少ないパワーを有効に補填する。柿の木の根本にアンカーを取り、滑車を通したロープを引いてみると少し動いている。どうやらチェーンソーは使用しなくてすみそうだ。

                                        
 

 



切断面から近在の人の失敗理由を探ってみる。まず、受け口が通常は幹の1/4だが半分にまで達している、追い口が受け口と同じ高さで作られている、幹は画面左から右にすなわち受け口から追い口の方へ傾斜しているのにロープがけしていない、ツルを中心部しか残しきれていない、等々であろうか。おそらくは伐採時にチェーンソーを挟まれて、抜くのに四苦八苦されたのではないだろうか。いずれにしても、他人地の木を伐採しようとする負い目が正常な判断を狂わせたのだろう。



続いて植樹にはいる。果樹の苗木はまだ準備できてなかったが、Kさんは土佐文旦の苗木を個人で購入し担いでこられた。先人達から受けた恩恵を次の世代にも引き継がないと・・・・・・・・・そういって笑っておられた。命の連鎖を熟知し、プラスの遺産を継承しようと、黙々と作業される姿には頭が下がる。


  

            


雨は降り続けているのに、まだ作業をするという。前回伐採したほだ木をシイタケ工房へ運ぼうとの提案。無論こんな事をいうのは例によってIさんである。もっとも、その結果作業自体はかなり進行するのだが。


                      












































  

Posted by とんび at 05:30Comments(0)TrackBack(0)とんびくらぶ

2008年03月20日

炭窯の新設ー3

さて番線を張り終わったら、窯の形を作る為の型枠が必要です。これは炭材を兼ねた廃棄処分の松で代用します。番線の高さ位に切断し、窯となる内側に次々と立て込んで行きます。いわば松で窯の形を作り、その上に粘土をかぶせて行くという手法です。


        


松の木を適度な長さで切断していきます。廃棄処分の松なので重量も軽く、スカスカした状態の炭材です。もっとも窯を暖め、粘土を乾燥させるのが主たる目的なので材質は問いません。


 


ハジメちゃんも頑張って作業してます。本日の一番若手かな。炭材から、出張っている枝打ちのあと等を整序しているところです。これをやらないと、炭材を隙間なく詰め込むのが困難となります。
               

                  


窯の奥の方から順番に松を積み込んでいきます。隙間がなきように詰め込むのは、かなり熟練の技が必要です。この道9年のInさんが頑張っています。

  
           


炭材を程よく詰め込んだら、上部をほぼ水平にしていく必要があります。この上に木っ端(木片)やナル(小枝)を積んで形を整えるのですが、水平がとれてないと隙間が生じ、粘土が落ち込んでいびつな形の窯となってしまいます。Inさんのチェーンソー技が光ります。


  


今年炭焼きに初参加したMさんも必死でチェーンソーを使い込んでいます。なかなか熱心です。朝は誰よりも早く出勤してました。「何でこんな泥臭いことに興味を持ったん」と聞くと、「木が燃えている炎を見ると、心がとても安らぐ」のだとか。火遊び大好きな乙女のようだ。消防署員を大活躍させないように、と密かに願っている。



           

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2008年03月19日

農園にも春が

谷間の農園にも春が来たようだ。ここ数日やたらと温かい。ポカポカして、上着を脱いで作業する。夏野菜の植え付け準備だ。冬野菜の残骸を撤去して、耕運作業にはいる。相棒のこまめ君の出番だ。ホンダの最小機種で重量が20キロ程度、軽くはないが担いで動かせる重量だ。棚田状の地形は移動が厳しい。谷間の作業には、これ以上の大型機は使用困難なのだ。

 




畑のあちこちでは春物野菜が大きくなってきた。やはり気温があがると成長が早いようだ。反面、虫たちの出番でもある。無農薬で栽培しようと思うと、虫との戦いが熾烈となる。特にアブラナ科の野菜達には悲惨な状況が待ち受けている。つい、農薬散布の誘惑に駆られてしまうのだが・・・・・・。


 



無農薬栽培での野菜達は、傷だらけ、変形、色あせ、大小さまざま・・・・等々でなかなか商品とは成りがたい。それにしてもスーパーなどに並んでいる野菜達のなんと美しいことか。あんな野菜を無農薬でつくりたいと願うのだが、いつも虫たちには連戦連敗の成績だ。もっとも自家用と近所の奥様方に差し上げる程度なので、別段の支障はないのだが。



もっぱらの戦法は、木酢液の使用とネットの活用だ。木酢液は炭焼き時に生じるもので、虫たちの嫌う成分がはいっているものだ。もっとも嫌われるだけで、虫が死滅する訳ではない。ネットは目の細かいものを選び、ドーム状にして野菜をすっぽり覆ってしまう。無論、太陽光線や水分は通るので支障はない。弱点はヨトウムシに負けること。こいつは、日中地下に潜っており、夜中に地中からネット内にはいり食害を起こす。大食漢なので一晩で相当の被害が出てしまう。目下、農薬使用以外には対策の方法がない。農薬は使いたくない、ヨウウムシは退治したい・・・・・・・・・春が来ると陽気で作業も楽になるのだが、虫たちとの飽くなき戦いも始まるのだ。



谷間にもおだやかな陽光が差し込み、春を告げている。農夫も体が楽になり、ゆったりと心が和んでくる。農に携われることのなんと幸せなことか。 

 



  

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2008年03月18日

炭窯の新設ー2

敷ナルを準備する。小枝をチェーンソーで30センチ位に短く切ったものだ。これは地面に掘られた煙道を保護する役割を果たす。窯の中には5トン近くの炭材が密集するので、炭化の際の煙を地下煙道から煙突を経て外へ逃がしてあげるのだ。当然敷ナルも炭化してしまうので、毎回の作り替えとなる。


      


これが敷ナルをしいた状態。煙道の上にきちんと並べられている。炭材が煙道に落ち込まないような役割をも果たしている。


          


敷ナルの準備が出来たら、次は地面にくず炭をまいていく。これは炭材と地面からの湿気を遮断するためだ。湿気が炭材に伝わると不完全な炭化となってしまい、不良品の出現となってしまう。

                            
  


続いて木柱を立てる為の穴あけだ。せっかく購入した専用マシーンだが、ガソリンがかぶりやすく少々使いずらい。それでも、やはり専用の機械だ。手動の穴掘りよりも数段上の実力を発揮する。

                           
   


窯の形に合わせて木柱を立て終わったら番線を張っていく。この番線に沿って炭材を立て込んでいくのだ。新設窯の場合、最初の炭焼きでは使えるような炭とはならない。従って炭材もクヌギやコナラなどの良質材は使用しない。立ち枯れ松を伐採しているので、これを炭材の代用とする。と同時に粘土で作る窯の金型とも言える役割をも担っている。

 
  


午前中の煙突も粘土が乾燥してきたので、土管を煙突上部に設置する。またもや粘土とワラで固定していくのだ。粘土を水でこね、接着剤として土管を固めていく。左官屋さんのまねごとだ。

 
 


ここまでやっただけで、もう夕暮れとなった。残念だが本日は作業終了だ。菓子作りをやっていた女性部隊からバウムクーヘンの差し入れが届いた。疲れた体に甘いお菓子が染み渡る。至福の一時。


          

  

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2008年03月17日

炭窯の新設ー1

NPO法人里山倶楽部では定期的に炭窯の更新を行っている。現在2基の釜が稼働中だが、今回3基目の釜を新設することとなった。炭の増産と炭釜築造の技術継承の為だ。できるだけ時系列的に追いかけ、その技術を画像として残しておきたい。しばらく炭釜の話が続くこととなりますが、ご容赦をお願いしたいと思います。


大釜の稼働風景、中では静かにクヌギやコナラの炭化が続いています。

      


積み上げられた炭材やマキ、大量の資材搬出入でかなりの労働となる。メタポ退治には格好のお仕事かも。きたれ中高年腹ボテ族。


  


総指揮官である長老Tさんの指導で作業にかかる。設計図なしで炭窯が作れる貴重な生き字引だ。この方が亡くなられたら里山倶楽部も炭窯新設は困難かもしれない。技術継承を急ぐ理由でもある。

    
              


早速ユンボで予定地の掘削にはいる。人材豊富な里山倶楽部、多種多彩な技術を持った人物がそろっているのだ。途中でユンボから白煙が吹き出した。ラジエーターの水が足りなかったらしい。急遽、Omリーダーの水筒から飲み水を補給する。 
  
   
  


掘削が終了したら、次は煙突の築造にかかる。今回は壁を利用し掘った溝を煙突代わりにする。前面は耐火煉瓦の積み上げだ。


  


自ら耐火煉瓦を積む総指揮官のTさん。コテではなく手で塗るのが一番だとか。

  

 地面には煙道も掘られている。ここから煙突へと排煙を誘導するのだ。






煙突が完成した。ここまでで半日を費やす。耐火煉瓦を積んだ粘土か乾燥するのを待って次の作業にはいる予定だ。その間に我々は昼食としよう。残念ながら今日は弁当がない。急いで自宅まで往復だ。それ走れ。


          

  

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2008年03月16日

持尾城にて

今回は持尾城を訪ねる。葛城山系の船橋山から西に延びる支脈上にある典型的な山城である。楠木正成の要塞群の一つで、お隣の平石城と一緒に平岩氏が守備していたようだ。山城の常で、天守閣も石垣等も残ってはいない。わずかな標識と地形から往時を忍ぶのみである。


大手門とおぼしき場所から登った本丸への道

      


本丸への道から二の丸址を望む。今は雑木林となり、色とりどりの花木が咲き誇っている。かってチェーンソーの訓練を受けた場所だ。城内には小さな集落が残っている。住まれているのは、かっての城兵達の子孫の方々であろうか。

                                   
   



本丸への道を急ぐ、途中には神社があった。城の氏神さまかな。この横から本丸へは急登となる。   
                          
                                                                                           
   

   


急坂を登り切って本丸址にでる。「持尾城趾」と記した小さな石柱が残されていた。本丸址からは富田林市や堺市或いは遠く泉州方面まで遠望できる。見晴らし抜群。敵軍の来襲も一目でわかったのだろう。足下には河南町の集落が霞に浮かんでいた。

   

     


持尾城のことを延々とたどってきたが、実はここはNPO法人里山倶楽部の本拠地でもある。城主(?)でもあるQさんのご厚意により、城趾を占拠しているのだ。さしずめ現代版の梁山泊 (チト褒めすぎかな) といえなくもないか。世にNPO法人は数多いけれど、まさか城内で炭焼きをやっていろ法人はあまりないのではなかろうか。3月は炭窯の新設に取り組んでいる。技術継承のため定期的に更新してきたが、このたびは3個目の炭窯を新設することとなった。次回からは場内炭焼きと炭窯新設をご紹介しよう。



  

Posted by とんび at 05:40Comments(0)TrackBack(0)里山に遊ぶ

2008年03月15日

北の大地へ

わずか数日間ではあるが、北の大地へと旅に出た。雪と氷の世界を求めてだ。一番驚いたこと、それは、空港、ホテル、レストラン、観光地・・・・・・・いずこの場所でも周囲から聞こえてくるのは、中国語、中国語、中国語。 ここはほんまに日本かいなと思う程だった。国際化どころの話ではない。まるで中国人に占領されたかのようだ。

  

    



若いクーニャン達は、迷うことなく万札を次々と引っ張り出してくる。恐るべき消費行動である。数十個ものガチャガチャを手に入れ、にんまりしている幼児もみかけた。テレビニュースでは農民工の悲惨な実態がルポされているのだが・・・・・・・・・・・・・・・・・。内陸部と沿岸部との格差、そんな言葉では説明できそうにもない。どうも富裕層と貧困層との間には天文学的な収入の開きがあるようだ。当然、我が国を旅しているのは前者に属する人々だろうが。






                                         
      
      











              

                             
  

不動産バブルと株式バブルが中国社会を席巻していると聞く。物権法も制定されたとか。もっとも不動産の私的所有権を完全に認めた訳ではなさそうだ。なんとも摩訶不思議な国家である。列島改造論にまたがり、国中が札束にむらがった、かっての某国の体験を後追いしているのだろうか。一般庶民が旅をして、広い世界を見て歩くのは非常にいいことなのだが。

 




北の大地は寒々としていた。零下数十度は日常茶飯事とか。この大地を、かっては屯田兵や囚人(その大半は思想犯だったとか)の人達が営々として開拓した。いまも道路工事を行うと、まれに足に鎖をつけたままの人骨が出てくるとか。厳しい歴史と悲しい物語りが潜んでいるようだ。


 

  

2008年03月14日

里芋の植え付け

里芋を植え付ける事にした。これも保存食となる。ただジャガイモやサツマイモと異なり、成長に時間がかかる。3月植え付けで収穫が11月頃かな。およそ8ヶ月の生育期間だ。ジャガイモの倍である。里芋は稲よりも古くから栽培されてきた野菜で、民話や郷土食などで言われるイモというのはサツマイモではなく里芋のことを指す。山形地方の風物詩である「芋煮会」の材料も、メインはれっきとした里芋である。テレビなどで拝見する河川敷などでの芋煮会は、なかなかおいしそうだ。北海道のチャンチャン焼きといい勝負かな。





いつものお店を覗いてみるが、お目当ての石川早生がない。石川早生とは名前のとおりでご当地ブランドである。大和川の支流である石川の流域、今でいう羽曳野、富田林、河南町、太子町、千早赤阪村付近で栽培されてきたものだ。現在では全国的に栽培されているようだが。やむを得ないので、宮崎産の赤芽大吉を選択する。これは別名セレベスともいい、インドネシアのセレベス島あたりが原産地らしい。主に南九州で栽培されている品種だ。さて南河内の風土に適しているかどうか。結果がでるのは8ヶ月程先のことだが。このイモは石川早生と異なり、親芋も小芋も食するようだ。

 
             


栽培法はジャガイモに準じる。畝立て、溝切り、種芋置き、元肥の埋め込み、わら敷き、土かぶせ、・・・・・・・と進めていく。ジャガイモと異なるのは、イモが水気を好むこと。従って水持ちのいい畑もしくは水やりのしやすい畑が適している。師匠のNさんは夏場に水路を造って畑の中に水を導入している程だ。小生の畑は棚田の跡地で粘土質の土地のため水持ちはいい(水はけが悪い)、里芋には適しているようだ。そういえば、地主のばあさまが「じいさまと一緒によく里芋をつくったよ」と楽しそうに話していたっけ。


  
 

          
 
わら敷きまで終了。あとは土をかぶせるのみだ。明日は雨とか、植え付けには最適な日程だったかな。盟友のKさんは、まだ早すぎまっせ、とのたまってたが・・・・・・・・・。

      


ジャガイモ、里芋と植え付けが順調に進んだ。次なるイモはサツマイモだが、これは6月頃の植え付けとなる。収穫は同じく10月頃から11月頃の予定だ。イモばかりのようだが、いずれも貴重な保存食。かっては飢饉の折に重宝されたとか。そういえばジャガイモの別称は、「お助けイモ」とも言う。的を得た名称である。飽食と飢え貧困が同居する時代、なんともやりきれない一面もあるが、ともあれ「飢え死に防止」のイモ類はしっかりと作っておこう。 



         


                    野にはタンポポが。春の到来のようですね。
 



      

Posted by とんび at 04:54Comments(0)TrackBack(0)畑の作業

2008年03月13日

鎮守の森

地元に住みながら、まだ訪れた事もなかった。楠公さんの氏神でもある建水分神社である。何度聞いても覚えられない名称で、地元の人間は水分神社と愛称で呼んでいる。ちなみに正式な読み方は「タケミクマリジンジャ」という。ちょっと手が空いた昼下がり、カメラ1台をお供にぶらりぶらりと訪ねてみた。




ここは水分神社という愛称からもわかるように、水の要衝の地にある。昔には大和の国と河内の国とで水争いがおこり、軍配は大和の国にあがったそうだ。金剛・葛城の大半の水は大和側に流れているとか。この地には水越川があり、千早赤阪村、河南町、富田林市、の行政区を越えた広い流域に水を配分している。米作りの原動力でもあるのだ。収穫祭でもある秋祭りには、3市町村から20台前後のだんじりが出て賑やかなお祭りとなる。河内にわかの出番でもあるのだ。このときは、神社が丘の上にあるためか、下社の方へとお移りになられる。



楠木家を祭った南木神社、建水分神社の一角にある。





社の裏側には、うっそうたる樹林が広がっている。いわゆる鎮守の森である。全国各地にみられるが、神社やお寺の周囲には人がはいらぬ樹林帯が設けられている。ご先祖様たちが、「聖なる領域」として神聖視し保護し続けてきた場所なのだ。結果、森の中には地域の在来種である樹種が保存され、乱開発から種を守ってきた。西日本ではシイ、カシ、タブ類が多いようである。いわゆる照葉樹林だ。ここではヤブツバキやシャクナゲ或いはアラガシ、クスなどが目についた。部分的には檜が見られたが後の時代に植えられたものかもしれない。

                              
                                      
 


何れにしても、ご先祖様達の英知によって、地域の在来種が守られてきた。過日の神戸・淡路大震災の折にも、鎮守の森によって延焼が食い止められたと聞く。また森によって災害を逃れた人も数多いとか。まさに命の森なのである。森が果たす機能は計り知れないものがある。保安林、水源涵養林、防災林、癒しの森、動植物を育てる森、種を守る森、・・・・・・・数え切れない程の役割を担っている。目に見えない価値を発見し評価する姿勢が大事だと思う。数字化して計量できるものしか信じようとしない、いわゆる「科学的思考」からは、もうそろそろ卒業してもいいのではなかろうか。


 
















  

Posted by とんび at 05:59Comments(0)TrackBack(0)樹を植えよう

2008年03月12日

その後のダンシャク

ダンシャク君の植え付けからだいぶ時間がたってしまった。本日はその後のダンシャク君。師匠の提言に従い、種芋を切断する。新芽3個くらいの基準は守れたが、2~3日の乾燥期間が崩れた。切断後、所用で4日ほど留守にしてしまったのだ。結果は画像のとおりで、少々しなびて黒ずんでしまった。さて、無事に成長してくれるか否か。


   


小生の定番品を準備する。何れも田圃に保管していたものだ。田圃では盟友Kさんの車も見かけたが、挨拶もそっちのけで肥料とワラを搬送する。これがないとダンシャクの植え付けが出来ないのだ。
                           
 








定石どおり、畝立て、溝切り、種芋置き、肥料の埋め込み・・・・・・・・と進めていく。この作業も手慣れたものだ。元肥は鶏糞と8-8-8の化成肥料、それにかぶせのワラが結果的に肥料となる。完全有機栽培とはいかぬが、無農薬栽培には違いない。

 














植え付けが完成した。さて6月頃には無事に収穫できるかな。

 
















ジャガイモはサツマイモと並んで貴重な保存食だ。過日、某大学で学生達が研究していた。日本への食料輸入が止まったら・・・・・どうやって国民の命をつなぐか。緊急かつ重要なテーマーである。本来、「国民を飢えさせない」という命題は、政治家としての最低必要条件なのだが、この国ではそれを期待できないのだろう。学生諸君が必死になるわけだ。ロシアにおけるダーチャ、ドイツにおけるクラインガルテン、スイスなどの地下格納庫・・・・・・・何れも厳しい歴史の中から学び取った智慧なのかもしれない。お隣の中国やインドは食糧輸入国へと転じた。膨大な人口が食料市場へと参入したのだ。地球的規模で、食料の争奪戦がもう始まっているのかもしれない。「減反」などというオカミの机上プランに、時間を費やしている時ではないと思うのだがどうだろうか。


  

Posted by とんび at 05:31Comments(0)TrackBack(0)畑の作業