2008年04月30日
楠公祭・春祭ー1
4月25日は楠木正成こと楠公さんの生誕日と伝えられている。彼は、地元千早赤阪村から出自した最大の偉人だろう。誕生日を村中で盛大に祝うのもある意味当然かも知れない。楠公祭・春祭として、各地からの来訪者も含め、毎年多数の参加で開催されている。まずは式典から始まった。生誕地での神事である。
神職の登場。これからは神事なので撮影は中止とします。
約1時間に及ぶ神事も無事に終了した。次々と参拝される方々の名を聞いてびっくり、地元のみならず神戸の湊川神社、島本町、四条畷市、神社庁、政治家、行政関係者、各種団体・・・・・・・・・・多数の方々の参加である。楠公さんが今も尚、いかに多くの人々に影響を及ぼしているのか、再認識する。名誉や栄達或いは一族の繁栄などは求めず、己の志操に殉じた高潔な精神に人は惹かれるのかもしれない。
幼稚園の子ども達が登場し、奉納太鼓の演奏を行ってくれた。年長組らしく、音程もしっかり取りながら、聞かせる演奏となった。わずか4~5歳位でみごとなものである。楽器の弾けない小生は、うらやましい限りだ。
会場を建水分神社に移し、春祭として趣を変える。ここは楠公さんの御霊を祭る神社でもある。季節の花シャクナゲが見事に咲き誇っていた。いい雰囲気だ。建水分神社でも新たな神職が登場し、神事が始まるのだが、参加だけさせてもらって撮影は控えておく。


楠公さんの御霊を守っているのだろうか。護衛の兵士達が無言のまま、警護の任務についていた。忠実な兵士のようだ。最後まで楠公さんに従った楠木軍の若武者達であろうか。
2008年04月29日
畦道の華
春到来と喜んだのがつい最近なのに、山里ははや初夏の彩りか。新緑が鮮やかになってきた。そういえば農作業も汗ばむ陽気、薄着になって仲間達も鍬をふるっている。先般、畦道の華と題して野辺の花々を紹介させてもらったが、同じ場所であっても野草や花が変化してきた。わずか一ヶ月程度なのに。再び、畦道の華と称して、順次、近隣の野辺の状況を報告したい。
山里ははや新緑の季節となりました。
最初に登場願うのは、「ノアザミ」。どこにでもある野の花ですが、改めて見つめ直すと意外に美しい花ですね。この花をモチーフとしたアザミの歌と称する歌曲があったような。
こちらは食用の野草かな。おなじみの物ですが、身近な場所に結構たくさんあります。かっては日常生活でも盛んに利用されていたのでしょうが、最近はあまり採取する方も見ないですね。
ヨモギ フキ
樹林帯にひっそりと咲く「シャガ」、日当たりのいい場所は好まないようですね。木漏れ日がはいる、少々ひんやりした場所に群生しています。
さて日当たりのいい場所には。やはりご陽気な黄色系の花が多いようです。
ハハコグサ カタバミ

白系統の花々もありますね。最初のドウダンツツジは車を止める駐車場の片隅に、シロバナノヘビイチゴは農園の畦道に、それぞれしっかりと咲き誇っています。簡素な色合いですが、艶やかさがないのもいいものです。
ドウダンツツジ
シロバナノヘビイチゴ
いかがですか。山里のなんでもない野辺の畦道が、結構、立派な花園ですね。何も花屋さんとか植物園とか訪ねる必要はないですよね。ご近所のちょっとした里道をのんびりと歩いてみましょう。新たな発見がありますよ。
2008年04月28日
木の家は三百年
西岡常一さんをご存知の方は多いだろう。法隆寺や薬師寺の棟梁として活躍され、「最後の宮大工」とまで言われた方である。平成7年に享年86歳で亡くなられた。この本は国立科学博物館に勤務される原田紀子さんが、生前に聞き書きされたものを集約されたものである。
原田紀子 「西岡常一と語る木の家は三百年」
朝日文庫 525円
西岡さんは寺工という宮大工で、一般民家は手がけられないが、民家を含めた日本の木造建築の伝統工法が失われて行くのをとても心配されておられた。その根本原因が建築基準法にあるとの主張である。法隆寺の千年余は別格としても、管理さえよければ在来工法で作られた木造建築物は300年は持つとのことだ。そういえば各地の山里などを訪ねると、築100年以上と思われる古民家が今でも大事に使用されている光景によく出会う。
何時の頃からだろうか。不動産である家屋が耐久消費財へと変化したのは。今はたかだか30年前後で解体され、膨大なゴミとして処分されてしまう。そして海外から大量の木材を輸入しているのだ。CO2の排出と森林破壊を伴いながら。森林国家である我が国の資源を有効に活用し、無駄なゴミの産出を押さえる生活様式が望まれる。西岡さんはそれが可能との見解なのだ。マスコミの報道によれば、とある企業が「200年住宅」というコンセプトを打ち出したとのこと。業界でもイノベーションの気運はあるようだ。
西岡さんの視点では、布基礎の上に木(土台)を横に置くのが一番悪いとのこと、木の寿命を一番縮める方法だそうな。在来工法では突き固めた土の上に礎石を置いてその上に柱を立てる。こうすれば柱が腐りにくく、よしんば痛んでも補修が簡易とのことだ。在来工法で作った家は地震に弱いとの先入観もあるが、関東大震災や阪神・淡路大震災でも破壊されなかった木造建築物は数多い。科学的建築とされた鉄筋マンションや高速道路がいとも簡単に崩壊したのとは対照的に。

西岡さんの見解と現代建築学の見解との優劣を判断する力はないが、西岡さんの視点は検討に値する考え方だと思う。我々には、ややもすると数値データーの羅列を科学的と盲進するキライが多分にありそうだ。経験や勘といった人間の持つ不思議な能力を今一度見直して見るのも必要だろう。それにしても大量生産、大量消費、そしてその上には大量のゴミの排出・・・・・・こうした生活スタイルは、もはや許されないのではなかろうか。
薬師寺や法隆寺の大改修或いは各地の文化財修復を担われた西岡さんをしても、「飛鳥の工人にはかなわない」 と語らしめる、飛鳥時代の技術者集団とは一体どんな人物達だったのだろうか。コンピューターも重機も建築学も無かった時代に、千年余も持つような建造物を作り上げたのだから。
その西岡さんは、生涯にわたり 「大工職 西岡常一」 とのみ記された名刺を使われたと聞く。己の仕事に対する強烈なまでの使命感とプライドである。
この本は西岡さんの視点を基礎に、各地での利用者や関係者の証言を脇役に簡潔・明瞭にまとめられている。読みやすい本だ。家を購入したい、建築したい、そう願っておられる方には是非ご一読をお薦めしたい。
2008年04月27日
タマゴの正体は
山里の大木でタマゴが見つかった。白い小柄のタマゴで2個ある。何のタマゴか、と仲間達は大騒ぎ。少なくともニワトリの卵でないことだけは確かだ。
この画像だけでは判断しかねるだろう。もう少し情報提供をしたうえで、ご判断をお願いしたい。まず数量は2個、色は白色、大きさはニワトリの卵を少しこぶりにした程度、場所は地上7~8メートル位の樹上、枝が3本に分岐した股の部分、少し腐葉土がたまりわずかな草がある、人の出入りは少ない、竹林の中にある榎木の大木、・・・・・・・・・・・判明しているのはそんな程度。さて対象木を紹介しよう。過日のミニツアーの秘密基地だ。
仲間内では二つの意見が拮抗している。(1)カラスだ、(2)フクロウだ、・・・・・・・さてどうだろうか。この両説を検討してみよう。
(1)カラスだろうか。
*カラスの目撃談があるが、カラスは雑食性で卵は好物だ。食料捕獲のためにこの樹に
接近したのでは。
*童謡の七つの子でわかるように、カラスは5~6個以上の卵を産むようだ。
*カラスは小枝を集め皿のような巣を作る傾向がある。
(2)フクロウだろうか
*フクロウは大木の祠の中に巣を作る、オープンな場所で巣作りするだろうか。
*カラスはフクロウの天敵、カラスに見つかりやすい木の股に卵を産むだろうか。
*タマゴの数、大きさはフクロウのそれに近い。
さて皆様はどのように考えられるだろうか。正直いって知識不足のために判断しかねています。確かな情報をお持ちの読者の方がおられたら、情報提供をよろしくお願いします。
2008年04月26日
再びの春
再び春が巡ってきた。そう言っても過言ではないだろう。また桜が咲き出したのだ。ソメイヨシノはとっくに散ってしまったが、今度は八重桜の出番。なんとも美しい。4月は二度も花見ができるから、とてもいい季節だ。青空には鯉のぼり、目の前には満開の八重桜、足下には可憐な野草や名も知らぬ花々たちが・・・・・・・・・・・いい国に産まれたものだ。

川辺も温んできた。流れる水もどことなくあったかそうな。
さて桜たちにお出まし願おう。ご近所の斜面に咲き誇る八重桜の軍団を。私宅が山奥の高台にあるせいか、近在にはたくさんの桜軍団がある。遠隔地まで出かけずとも、居ながらにして桜見物なのだ。

さて、桜以外の花々は・・・・・・・・ツツジも満開ですよ。楓も新緑をつけて、はや初夏の彩りか。

足下には又別の花々が。下記の画像は似たような種類だが一つはイタドリ、もう一つがスイバである。地方によってはイタドリをスカンポ呼んだり、スイバをスカンポと呼ぶ地域もあるようだ。小生の田舎ではイタドリをスカンポと呼び、スイバをギシギシと呼んでいた。

さてここで皆様に質問。下記の画像は何の花でしょうか。ワタスゲと答えた人はかなり近いかも。でも違うな。
こたえ・・・・・・・・・・4月7日の記事。20日ほど経過した後の姿です。
2008年04月25日
秘密基地
これが彼らの秘密基地。地上んメーターの樹の上だ。
ベースとなっているのは、胸高直径2メートルはあろうかという榎木の大木である。自称天狗さんことIrさんの協力で出来上がったツリーハウスなのだ。地上7~8メートル位はあるだろうか。竹林の奥深く、ひっそりとたたづんでいる。

周囲の竹林をもうまく遊び道具に活用している。まさに子どもは遊びの天才なんだ。ゲーム機や高価なおもちゃやハイテク用品など必要ないんだろう。自由に遊べる原っぱだけがあってくれれば。
実はこれらの自由な広場は地域の篤志家Krさんのご厚意によるものだ。現在は麓の街に住んでおられるのだが、生まれ育った故郷の家と土地とを子ども達に提供しておられるのだ。本部(里の家と称している)となっている古民家は、残念ながらこの冬に火災で焼失した。Krさんは子ども達のためにと、新しい家を建築中だ。
自分の持ち山から切り出された木材は、木の香りもすがすがしく、小生が住みたいほどだ。やはり日本人には木の家が最適な模様。いろりもあり、床下には湿気やマイナスイオンも考慮して700キロもの炭が敷き詰められている。この新しい家で子ども達はどんな動きを見せてくれるのだろうか。

イヤなことも多い世の中だけど、我が国にもまだこうした人物が存在されるのだ。我々が知らないだけで、実は世の中には高邁な志操と善意の固まりの人物が、たくさん潜んだおられるのかも知れない。
この広い世にはどんな人物が・・・・・・・・・・・・
2008年04月24日
山里の春ごとー3
午後の部は社長訓辞、イヤ違った代表による歓迎の挨拶から始まった。シャイな社長は少々照れくさそうに、山奥までのお運びに感謝と春ごとの趣旨説明を行う。それにアイリッシュフルート奏者のHATAOさんが、わざわざ持尾城趾まで出向いての演奏を実施されることの紹介をも。
子ども達(大人の方が多いか)は花より団子のようだ。バウムクーヘンは別腹らしい。しっかりと焼き込んでいる。山の上でのお菓子はまた格別なんだろう。
小腹を空かすために、子ども達(キッズクラブという名の里山体験倶楽部があるのだ)の秘密基地を探訪するミニツアーを実施する。詳細は明日にでも紹介したい。民家をのぞいたり、野花を愛でたり、土の小道を踏みしめたり・・・・・・・・・・・かれこれ1時間近くも歩き回っただろうか。
さあ、いよいよ演奏会の開催だ。葛城連峰をバックにフルートとバイオリンの共演だ。
お弟子さん達も共演を始める。実は当倶楽部のメンバーがHATAOさんのフルート教室に通っていたのだ。

彼女たちが吹いているのはティン・ホィッスル、HATAOさんのがアイリッシュフルート、いずれもアイルランドの民族音楽で使用される楽器だ。ケルト音楽といったほうが早いだろうか。ティン・ホィッスルは日本の子ども達が使用しているリコーダーによく似ている。ブリキ製の縦笛だ。安価に購入できるそうで、軽くて小さいので山での使用には向いているかも。そのうち里山倶楽部楽団が出来たりして。
何かひとつ楽器を弾ける方をとてもうらやましく思う。音楽のある生活、楽器を弾ける生活を夢見るのだが・・・・・・・・・・・・・・・手も足も出ない。悲しい事だが、出来ないものは出来ない。せめてしっかりと聞かせていただこう。
2008年04月23日
山里の春ごとー2
祭りといえばやはり食べ物だろう。買い食いと立ち食いとは人間の本能みたいなものだ。もっとも参加費をお一人1000円頂いているので、飲み食いは無料である。元を取るぞ、と考えたかどうかは知らないが、しっかりと各ブースを食べ歩く強者達も多い。代表的な人物をお一人ご紹介しよう。
巨大焼き鳥をほおばるMtさん、ゆうに三人前位はありそうな。
この焼き鳥は3月まで某レストランを経営していたNgさんの作品だ。3月で定年と決め、最近は悠々自適な生活。森作りが一番楽しみな趣味だとか。ど組の代表選手でもある。焼き鳥は秘伝のタレでしっかりと味付けしてある。肉類が苦手な小生も思わず数個も食べてしまった。
竹細工も始まった。子ども連れでぐい飲みを作っている。ここにはお酒はないぞ。まっ、ぐい飲みでジュースを飲んでもいいか。
御飯も食べよう。マキで炊きあげたハガマの御飯だ。米は有機無農薬栽培のヒノヒカリ、ご当地ブランドである。これも餅米と一緒でタントンハンのメンバーが作り上げたものだ。焦げた部分が一番おいしいぞ。

里山商品も並べてみた。里山倶楽部のメンバーによる手作り商品群だ。さてなんぼか売れるかな。商機に便乗してハヤトウリを並べる御仁も。
一個250円の値札が付いている。芽が出ているので、そう心配せずに成長してくれるだろう。無事に大きくなれば1本で100個くらいの実がなるぞ。あとの活用をしっかり考えておかないと。定番は漬け物だろうか。
待ちこがれた豚汁は、とうとう昼までには間に合わなかった。手順が狂ったようだ。担当のMzさんは早朝から頑張っておられたのだが。焼きそばとのダブル担当がこたえたかな。
農作業を休み、ごちそうを作って食べて・・・・・・・・・・・・春ごとの精神はみごとに引き継がれているようだ。あとはこの行事が集落の、或いは地域の伝統行事として再び定着してくれることを願うのみである。
2008年04月22日
山里の春ごとー1
似たような風習は各地に残っていることだろう。「春ごと」とは神社・仏閣のお祭りに合わせ、農作業を休んでごちそうを作り、遊山見物する慣習のことである。当地では4月28日に代々行われてきた。その慣習を復活しようと、ここ数年、里山倶楽部による再現が行われてきた。地元のじいさま・ばあさまや他府県からの遠来組も混じって賑やかなお祭りとなった。
バス停から30分のくねくね山道をトコトコと登り詰めて・・・・・・やっと受付だ。
地元選出の元ミスユニバース達。
早速に何やら始まった。竹細工とおもいきや、参加者用の食器作りとか。マイ食器は自分自身で作ってもらおうとの趣旨のようだ。

イベントのメインとなるのは、やはりこれだろう。大人も子どもも大好きなもの。今ではイベントでないと、なかなか見れないぞ。ヨモギもここならわんさか取れるのだ。餅米は無論、「無農薬有機栽培」のもの、タントンハンという米作り専門チームの作品なのだ。19年度産米である。

へっぴりごし、と見えたのだろうか。気になってばあさま達も飛び入り参加。やはり昔とったなんとやらだ。サマになっている。この世界でもキャリア優先かな。
各地に残る伝統行事などをこうして少しづつ復活していくのもいいものだ。人間のアイディンティティとは、地域と慣習とを見つめ直すところから生まれるものかもしれない。在野の民俗学者、宮本常一さんが全国を訪ね歩きながら記録し続けたのも、そうした想いが根底にあったのかもしれないな。
2008年04月21日
祭りの前に
組織論の講義でよく出てくる言葉がある。「15:70:15の法則」である。何でも企業社会では、日夜仕事に燃えイノベーションの下に組織を牽引するのは15パーセントの社員で、可もなく不可もなく業務に従事するのが70パーセントの社員、そして組織にぶら下がり時として足を引っ張るのが同じく15パーセントの社員とか。この比率は、組織がどう変化しようとも変わらないそうだ。あたらずといえども遠からず・・・・・・・というところだろうか。
祭りの前ということで持尾城趾にあがってみた。動いているのは、Aさん、Bさん、Cさん、Dさん・・・・・・・・・・いつものメンバーである。ご苦労様としかいいようがないが、縁の下の力持ちとして黙々と活動してくれるのはいつも決まったメンバーである。餅つきの準備、会場案内、細かな準備用品の備え、サウナの為の窯の保温、会場のセッティング、器具の搬送・・・・・・やらねばならぬ作業はわんさかある。
イベントのメインは下記の画像だろう。大人も子どもも大好きだしね。 

へっついさんはご存じだろうか。カマドともいうけど。昔は何処の家にもあったものだが、昭和30年代頃からだろうか、燃料革命と共に次第に消え去ってしまった。今は博物館でないと見れないだろう。ここ持尾城趾では現役なのだ。
パン釜も現役だぞ。そしてサウナ風呂まであるんだぞ。祭りではいつでも入浴OKだ。

社長みずから三助志願か。せっせとヨモギを放り込んでサウナの準備だ。風呂の形がおかしい、そう、こやつは本当は炭焼き窯なのだ。多角経営とかでイベントの折にだけサウナに変身してもらう。頑張って。
Nsさんが絵図面まで作ってくれた。これで道に迷う人もないだろう、たぶん。なかなか絵心も達者な娘さんで、全体の配置を上手にまとめている。さりげない心づかいだ。
例によって、いつものUさんも大活躍。ご自身の畑でとれたゴボウを持参して準備中だ。とん汁に放り込んで皆さんに振る舞いたいとか。自らの都合よりも他人さんの喜びを先に考える御仁のようだ。
2008年04月20日
ゲストハウス
ロールシャッハテストではないが、まず写真判定からはいろう。下記の画像を見て、あなたはどう感じられるだろうか。詳細は別として、大別すれば次のいずれかに見方が分かれる事でしょう。 (1)なんとまあ汚い小屋だなあ。 (2)おっ、トムソーヤーの世界だな。

(1)と感じられた方・・・・・・・あなたの老化度はかなり進んでいると分析します。出来るだけ早く老人ホームの予約に走られた方がいいかもしれませんね。
(2)と感じられた方・・・・・・・青春ど真ん中です。我々の仲間にはいれる資格十分です。いかがですか、明日にでも南河内に転居してこられませんか。
冗談めいたテストをして大変申し訳ないですが、多分に本質に迫っているかと思います。物事は見方によってころりと評価がわかれるものです。どう受け止めるかで、人生は変わってしまいますよね。常に、「青春ど真ん中」であり続けたいものです。幻の詩人といわれた、サムエル・ウルマンの一節を紹介しましょう。
青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う。
薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな肢体ではなく、
たくましい意志、ゆたかな想像力、燃える情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。
青春とは怯懦を避ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない、理想を失うとき初めて老いる。

さて万年青年達の活躍を画像で紹介しましょう。2年前の写真ですが、とても生き生きしていると思いませんか。ゲストハウスの建築中です。廃材や拾い集めた資材でお金を使わず工夫しています。出来上がった結果が上記の写真なんですよ。
ブロックの基礎に廃材を敷き、かすがいで
固定していきます。
鳶職も登場し、器用に柱を組み上げていく。
まさにトムソーヤーの世界であり、サムエル・ウルマンの世界ですね。あなたは、何とかの冷や水と思いますか、それともうらやましいと思いますか。いずれにしても、男の子って、何歳になっても永遠に少年のままなんですね。
2008年04月19日
春の田起こし
作業が遅れていた。ホンマは冬の間に済ませておくべきなのだが。まもなく米作りが始まるのに、田圃の準備は何も出来ていない。誰が呼びかけるでもないのに、急遽、米作りメンバーが集まって田起こしにかかる。以心伝心とでもいうのだろうか。ここらへんが気心の知れた仲間達、誰が何を考えているのか不思議とわかるのだ。早速、田圃の草刈りから始めよう。
メンバーで最高齢なのに一番元気なUさん、今日も先頭に立つ。
田起こしは基本的にトラクターか大型の耕耘機かで行う。小生の相棒こまめ君では全く歯がたたないのだ。もっとも不耕起栽培といって耕耘しない栽培法もあるが一般的ではない。本来なら収穫後か冬の間に2~3回行い、田圃の土の中に酸素を送り込んでおくべきだが、遅れてしまっていたのだ。泥縄方式もいいところだな。
耕耘前 耕耘中
障害物に要注意 (用水路のパイプが埋め込まれている)
水が流れるための水路も必要だ
下の田圃への排水路
耕耘作業もようやく終了、なんとか2日がかりで完成だ。土がひっくり返って虫でもでてきたのだろうか。ハクセキレイが田圃の中をうろつき回る。白黒ツートンの優美な姿だ。どうにかして画像をと思うのだが、その動きにカメラが追いつけない。
さあこれで最低限の下準備はできた。これから籾蒔きや苗育て田植え等の作業が続くのだ。本年もいよいよ米作りの始まり、忙しくなりそうだ。そうそう今日はいいことがあった。過日(2/20)に「力つき果てて」と紹介させていただいたハーベスターが動いたのだ。耕耘作業にじゃまだなと思いつつスターターを回すと、不思議とエンジンが始動。詳細はまた後日に報告しよう。
2008年04月18日
畑は豆づくし
春先は豆類が主役の季節でもある。昨秋に植えたエンドウが白や薄紫の花をつけだした。その前に空豆がかなり大きくなっている。当地ではお多福豆ともよんでいるが。いずれにしてもまもなく収穫期を迎えるのだ。インゲンは昨日に種蒔きしたところ。師匠にはまだ少々早すぎまっせ、とも言われたのだが。
ソラマメ (当地ではお多福豆ともいう)
花はこんなにきれいです。実がなって完熟しだすと豆が天を向くからソラマメ(空を向く豆)と名付けられたとか。
エンドウもおおきくなりました。昨秋の11月に植えたもの。品種はキヌサヤエンドウ、若い時期に収穫しサヤごと食します。弁当に添えると彩りが鮮やかで食欲が増しますよ。
これは特異な豆、ツタンカーメンと言ってKさんが自家採取で大切に育てておられます。御飯と一緒に炊き込むと赤飯のように色づきます。なかなか珍しい品種で、いつものお店でも販売されていない物です。
昨日、インゲン(サンドマメ)の種蒔きをしました。師匠には早すぎるといわれましたが、日中は暖かいし、朝夕もそう冷え込まないので大丈夫と判断したのだが。連作障害の予防さえしておけば無理なく育ってくれる事でしょう。
豆類ばかりで目が疲れたことでしょう。最後は可憐なレンゲソウで締めくくりましょう。綺麗に咲いてくれてますが、明日には田圃の耕耘作業ではかない命となります。本日が見納めか。
枝豆は田植えがすんでから、田圃の畦道に植え込みます。ナタ豆はどうしようか迷っているところ。昨年植えたものの、利用の仕方がよくわからず、結果的に観賞用で終わってしまいました。この豆も特異な存在。何せサヤの大きさが20~30センチもあるもので。まさにナタのような豆ですね。
2008年04月17日
手作りギョーザ
「忘却とは忘れ去ることなり」・・・・どこかで聞いたような台詞だが、日本人の本質を端的に表現している一言だろう。どうも我々のDNAの中には、何もかも忘れて執着しない本能が組み込まれているようだ。人の噂も七十五日、という諺などもそのいい例だろう。つい2ヶ月ほど前だった。あれほど大騒ぎした毒入りギョーザ事件、最近は全く噂にも上らない。もっとも、くだんの某国政府は、このまま闇から闇へと消してしまいたいのが本音かもしれないが。
マイ農園のニラ畑
過日の事件は冷凍ギョーザが主役だった。私宅では冷凍ギョーザを購入したことがない(単なる金欠病?)。いつも手作りなのだ。ニラは畑にわんさかあるし、キャベツなどもほぼ通年できている、ギョーザの皮やミンチ肉は手近に安く購入できる。あとは暇だけだが、これには全く不自由しない。料理が苦手な小生だが、ギョーザ作りくらいはなんとか可能なのだ。

野菜類をを切り刻んだうえでつなぎの片栗粉と混ぜ、ショウガや醤油、塩胡椒などで味を調える。そしてしっかりとこね回し、ギョーザの皮の中に詰め込んでいく。少々、少なめに具材を入れるのがコツのようだ。半折にした皮も水を少し塗るだけでくっついてくれる。あとは縫い合わせるように折り込んでいくだけだ。

たったこれだけの工程でギョーザは作れる。料理がたいそう苦手な小生でもなんとか作れるのだから、どなたでも可能だ。手作りギョーザはおいしいぞ。一度お試しあれ。それより何より、ニラの栽培から始めませんか。ニラは多年草で、一度種蒔きすると数年間は毎年育ってくれます。全くといっていいほど手がかからない野菜です。
見た目はソコソコでも味はお店に負けないぞ。
こんな風景が数年間は続きます。冬場は枯れますが春先にはまた復活しますのでご心配なく。種は一袋200円位で売ってますよ。栽培技術は必要ありません。無神経にほっといても育つような強靱な野菜です。
2008年04月16日
4月13日定例会報告ー2
桃の花も満開だ。またまた花見酒の必要が。
まずは植栽からはいろう。ポンカンや八朔それにキーウィなどを準備した。果樹園だからあたりまえだが、果実の成長がじつに楽しい。収穫の喜びと重なるのだ。収穫出来るまでに育てていただいた先人達のご尽力に感謝しよう。そして我々もまた後からこられる人々の為に1本でも多く植えておこう。
植栽が済んだら既存の果樹軍に肥料やりだ。有機肥料である鶏糞を、前回に必死の思いで運び上げている。一輪車でヒイヒイ言いながら運んだものだ。全部で50袋ほどもある。
全部の肥料を果樹にまきおえると、はや夕暮れとなった。心地よい疲れが残る。帰路は共同の農園に立ち寄ってシイタケのほだ木を竹林に囲っておこう。来年あたりからは農作業の合間にシイタケが食べれるかもしれない。楽しみは多いほどいいのだ。日があたりにくい場所を選び、寒冷紗をかけてシイタケが出やすいように工夫する。ここなら農園作業にきた者が交代で水やりできる。竹林の隙間からは金剛山がきれに望める。なかなかのいい場所なのだ。えっ、そこはどこかって。それは秘密。
2008年04月15日
4月13日定例会報告ー1
狩猟本能なのか、全員がタケノコ掘りに夢中だった。作業はそっちのけで、東に西にとスコップ片手にうろつき回る。みんな獲物を求めて必死なのだ。なかんずく天才的な才能を発揮するのがIさん。少年時代は、瀬戸内から日本海までの中国山地を駆け回っていたという逸話の持ち主である。「松茸と筍は俺に任せろ」と豪語されるのも納得できる。
タケノコ掘りの名人 I さん

器用・不器用があるのか、タケノコを探し出すのが達者な人そうでない人が出てくる。ちなみに小生は1本も見つけられなかった。トップは無論、Iさん。どうやって探し出すのか。もちろん地上にニョキット出たのは誰でも発見可能だ。でもそんなのはおいしくない。先端が地上に出るかでないか位の物を発見して掘り出すのだ。
1年ぶりに参加されたFさんも奮闘中

中休みにはもちろんタケノコの品評会、誰しも俺のが一番との気持ちはわかるが。大きいの小さいのがあっても何れも旬の食材、大切な夕餉の一品と致しましょう。
季節の山菜を見つけた人も。これはイタドリ、小生達の田舎ではスカンポと呼んでいた。どうやって食するのかよくわからぬが、今夜の食卓に並ぶそうだ。ご家庭でのなごやかな夕餉風景が目に浮かぶ。
戦利品が山と積まれる。無論これは一部の写真、一人あたり3本位と予定していたが、5~6本はありそうだ。持ち帰っても全部食べれるかな。竹そのものなので栄養学的には期待できないようだが、季節を感じさせる旬の食材を大切にしたいものだ。タケノコだけかと思いきや別の戦果を捕獲した者も。
2008年04月14日
ポット苗を作ろう
雨が降れば天気が悪い。あたりまえか。農作物には恵みの雨でも、農夫には少々具合が悪い。なかなかカッパを着て作業とまではいかないのだ。第一、土がダンゴ状になるしなあ。こういう日は家での作業に限る。今日はポット苗を作ることにしよう。きわめて簡単だ。対象は主に果菜類、春先は多いぞ。
準備ができたカボチャのポット苗
用意するのはビニールポットと野菜の土、それにミニスコップぐらい。ああ野菜の種も必要だ。手順はビニールポットに程よく土を入れ、種をまいて薄く土をかぶせるだけ。あと少々の水を与えておけばいい。乾燥しやすいので水管理が楽な自宅で作るのがベターだろう。
植える数量が少なければ市販のポット苗を購入するという手段もある。下記の画像は市販品を購入したものだ。ピーマンと中ナスだが、1本が58円だった。半ダース購入しても350円前後、立ち飲みコーヒー代位だ。これで3~4ヶ月楽しめ収穫付きだから安い道楽だろう。某国産の食品のように余計な薬物混入など心配しなくていいしね。
ピーマン 中ナス
これは市販品のポット苗を植栽したところ。背後に見える白い粉末は有機石灰をまいたもの。有機石灰は土壌の改良と初期の元肥ともなる。一番ありがたいのはまいてすぐ植栽できること。これが化学製品の石灰だと、種蒔きまで1~2週間の猶予期間が必要だ。有機石灰の主な原材料は貝殻らしい。
晴れの日も雨の日も楽しめ、メタポなんて全く無縁の生活・・・・・・・・百姓っていいもんですよ。皆さんもどうですか。
2008年04月12日
いのちを守るドングリの森
ご存じ、宮脇昭さんの著書の一冊である。80歳を超えられた著者が、情熱的なというよりまさに命がけで何故樹を植え続けられるのか、とても不思議だった。「世界で3000万本の樹を植えた男」というのが世評だが、人は何故にかくもモチベィーションを高く、深く持ち続けられるのだろうか。飽き性の小生には、とても気になる生き方である。
宮脇昭 「いのちを守るドングリの森」
集英社新書 693円
タイトルを見て先ず疑問に思ったのが、何故にドングリなのか、何故いのちを守るのか、という2点である。ドングリは、どんぐりころころ・・・・・・・・・と童謡にも歌われているように日本人になじみの深い樹木である。昔から生活と密着した樹だったのだろう。歌詞のように、堅い丸こいドングリの実をつけるのが大きな特徴だ。無論、ドングリという特定の樹木が存在するのではない。総称なのである。
やがて実をつけるであろうドングリの樹
筆者の口癖に 「シイ、タブ、カシ」という言葉がある。これらは常緑広葉樹の一種である。筆者によれば、この3樹が日本古来の森の樹であり、地域に植えるべき潜在自然植生の樹木だとの主張なのだ。そういえば、いわゆる「鎮守の森」にも何らかの形でこの3樹のどれかが含まれている。ドングリの樹でもある。これらの常緑広葉樹やクヌギ・コナラなどの落葉広葉樹は、「深根性・直根性」に優れ、多彩な防災・環境保全機能を持つ。何よりも管理費不要(造園会社不要)なのが一番ありがたい。昭和51年に発生した山形県酒田市の大火では、2000戸もの被災がでたが、地域の豪商本間家にあったタブノキで延焼が食い止められたと聞く。以来、同市は「タブノキ1本、消防車1台」とのスローガンで街作りを行っている。まさに「いのちを守るドングリの森」である。
最近では平成7年1月17日の阪神・淡路大震災の事例がある。堅固と言われたコンクリート製のマンションや高速道路がいとも簡単に崩壊した。最新の科学・技術を駆使して造られた建造物が瓦礫と化したのだ。しかしながら「潜在自然植生」の主な構成種である、カシ・ヤブツバキ・モチノキなどは倒れず、後ろの家屋を守ったという。また神社やお寺では、建物は被災したが後背地の鎮守の森は災害に遭わず焼け残って無事だったとも聞く。
ドングリの苗木達 (里山倶楽部のメンバーによる)

「ふるさとの木によるふるさとの森は、そこに生まれ育ち働いている人たちの命を、未知の要因も含めてトータルとして守り、地域に根ざした文化を創造する心、生まれてくるこどもたちの遺伝子環境を守る、総合的な機能を持っている」という筆者の言葉で、著書の意図は明確であろう。宮脇さんが命がけで守ろうとしているもの、この美しい国土を何時までも保ち続けていきたいものである。及ばずながら、森作りに微力を尽くしたいと願っている。
2008年04月11日
シイタケ農園にて
丹波方面のとあるシイタケ農園を訪ねた。「敵情視察」と言えば少々オーバーだが、我々もシイタケ工房を開設している関係上、観光農園としてのシイタケ園を見ておきたかった。何、単にシイタケを食べたかっただけだろう、そうとも言える。南河内から高速利用で2時間程度、家族連れでも可能な移動範囲だ。
入り口では植菌済みのほだ木が迎えてくれた。かなり大きめの原木だ。
ここでは籠を渡され、籠一杯になるまで収穫可能だ。それをセットメニューのバーベキューに入れ込み炭火焼きで食する仕組みだ。シイタケ御飯にシイタケ茶も提供される。食べきれなかったシイタケは別途料金でお土産となる。丘の上の樹林帯でのバーベキューハウスは快適だ。但馬牛の香ばしいかおりが漂ってくる。
栽培には細心の注意が払われている。ビニールハウスは寒冷紗で覆われ、露地の原木にはスプリンクラーが設置してあった。また専用水槽も配置され、原木が交代で24時間水没されるとか。シイタケ菌も春秋に発芽する分と1年中発芽する分とを使い分けているそうな。また使用後の役目を終えた原木はカブトムシやクワガタの養殖に再利用しているそうだ。
付近は丹波の山地、重厚で趣のある古民家があちこちに点在する。民家をながめているだけでも、ゆったりとした素敵な時間が流れていく。たおやかな山並みもほっこりとさせてくれるものだ。丹波まで出向くだけの価値はありそうだ。
とあるお寺の山門には、飽き性の小生への警告か。納得せざるを得ないところがつらいですね。
2008年04月10日
産湯の井戸
相性がいいのか最近は楠公さんの遺跡ばかり訪ね歩いている。今日は産湯の井戸を覗いてみよう。千早赤阪村の道の駅近くにある。生誕地のご近所だ。のどかな昼下がりに訪ねる。人気の少ない農道を少し下った場所で、楠公さんの産湯として使った井戸と伝承されている。
小さな石柱から農道にはいると、護衛の兵士が迎えてくれた。例の、わら人形で敵の矢を集めたという楠公戦法に出てくるわら人形のようだ。少々くたびれて歴史を感じさせるところが、ご愛敬かな。
ここからは農道にしたがって少々坂道を下るのみである。掲示板もあるので道に迷うことはないであろう。ポカポカした陽気の日にこの界隈を訪ね歩くと、ひとなつっこい穏やかなUさんに出会うかもしれない。気をつけないと、すぐ里山倶楽部に入会しないかと誘われてしまう。ほっこりとした人柄に、その気になってしまう観光客の方々も多いとか。
木製階段を下りきったところが産湯の井戸である。地元のボランテイアによって管理されているが、水がだいぶ少なくなって寂しくなってきた。周囲が農地と代わり、保水力が落ちているのかもしれない。それとも例の温暖化現象によるものだろうか。この界隈は楠木一族の拠点の地、かってはあちこちに館が建ち並んでいたのかもしれない。太平記の里として一時は客足も多かったが、最近は歴史好きな少数の方が訪ねる程度だ。自称、千早赤阪村応援団としてはこの村に元気になっていただきたいのだが。最近はお隣の河内長野市との合併話或いは再建団体突入話等で少々寂しい限りである。
ここまできたら、最後にはやはり楠公さんの生誕地を訪ねて欲しい。歩いても5分から10分程度だ。隣には資料館(有料、確か300円前後位)もあるので楠木一族の概略がつかめるだろう。くれぐれもUさんに捕まらないように、ご注意のうえで楽しい旅を。尚、4月25日(金)には生誕地で楠公祭(11時~)が、同じく建水分神社では春祭(15時~)が実施される予定なのでご参考までに。




