2008年07月18日
1ヶ月目の米
田植えが済んで丁度1ヶ月になる。稲穂も25センチぐらいに伸びてくれた。従って厳密な意味ではまだ米ではない。1ヶ月目の稲穂とすべきだろうが、米への強烈な思いということでお許しを。素人集団がチームを組んで米作りを始め、かれこれ数年になるだろうか。最初は不安だったが、何とかなるものである。ご近所の田圃を眺めつつ、師匠の助言もあって、最初の年から収穫が出来た。自分たちで作った米を炊いて食べたときの感激はひとしおであった。実際、原価計算をすれば購入した方が安価なのだが、この喜びには換えられない。
Aの田圃。三角形で田植えがしにくい土地だ。
面積も小さく収穫量も少ない。チームメンバーで収量を分配するから、一人あたりの持ち帰り量は極めて少々である。それでも皆が嬉々として米作りを行うのは、金銭に換えれぬ喜びがあるからだ。とりわけIさんなどは超熱心である。早朝から田植え靴をはいて田圃にはいり、黙々として田草取りに励んでおられる。
Bの田圃。耕耘機やトラクターが出入りしやすい場所だ。
水守りさんが得意なのはKさんだ。水路から水を引き入れ、4枚の田圃に程よく水が流入するように調整する。この微妙な加減が絶妙なのだ。水路の水量は常時変化する、その動向を把握しながら田圃への流入量を加減するのだ。細かな気配りが要求される、結構めんどい作業なのである。
Cの田圃。昨年はヒエの大量発生に泣かされた。
農薬や化成肥料に強いのはUさんである。どこで探してくるのか、時期時期に必要な資材を調達してくる。ゲストハウスの建築資材なども彼が集めまくったものだ。大阪中に人脈があるのでは、と想像してしまう。最高齢者だが体力は最強で、彼のベースになかなかついて行けないのが他のメンバーなのだ。
Dの田圃。一番大きな田圃で左上の師匠の田圃から常に水漏れが。
4枚の田圃を合計しても1反位の面積だろうか。プロの農家からみれば、ままごとみたいな米作りだろう。この狭い田圃で数名のメンバーが賑々しく大騒ぎしながら米作りを行っているのである。1ヶ月目で25センチ程度、これがあと3ヶ月ほどすれば1メートル位に成長して沢山の実りをもたらしてくれるのだ。4ヶ月から5ヶ月で主食が確保できる、なんともありがたい米作りである。
平成7年の食管制度の廃止と新食糧法の施行は事実上の米の自由化であろう。政府による米の買い入れ価格も次第に下がり、1俵1万円を切ったとか。10キロ2000円にもならない。棚田で細々と米作りをやっても採算ラインに乗る訳がないですな。耕作放棄地が増加するのも、ある意味必然であろうか。平野部であれば大規模化して省力化し、コストの削減を図るという手段も講じれるだろう。中山間地域の棚田は、販売用ではなく自家用米の生産に限定されるのだろうか。もっとも耕作者の高齢化はどんどん進んでおり、自家用米の生産もいつまで続くことやら。



