2008年03月16日
持尾城にて
今回は持尾城を訪ねる。葛城山系の船橋山から西に延びる支脈上にある典型的な山城である。楠木正成の要塞群の一つで、お隣の平石城と一緒に平岩氏が守備していたようだ。山城の常で、天守閣も石垣等も残ってはいない。わずかな標識と地形から往時を忍ぶのみである。
大手門とおぼしき場所から登った本丸への道
本丸への道から二の丸址を望む。今は雑木林となり、色とりどりの花木が咲き誇っている。かってチェーンソーの訓練を受けた場所だ。城内には小さな集落が残っている。住まれているのは、かっての城兵達の子孫の方々であろうか。
本丸への道を急ぐ、途中には神社があった。城の氏神さまかな。この横から本丸へは急登となる。


急坂を登り切って本丸址にでる。「持尾城趾」と記した小さな石柱が残されていた。本丸址からは富田林市や堺市或いは遠く泉州方面まで遠望できる。見晴らし抜群。敵軍の来襲も一目でわかったのだろう。足下には河南町の集落が霞に浮かんでいた。
持尾城のことを延々とたどってきたが、実はここはNPO法人里山倶楽部の本拠地でもある。城主(?)でもあるQさんのご厚意により、城趾を占拠しているのだ。さしずめ現代版の梁山泊 (チト褒めすぎかな) といえなくもないか。世にNPO法人は数多いけれど、まさか城内で炭焼きをやっていろ法人はあまりないのではなかろうか。3月は炭窯の新設に取り組んでいる。技術継承のため定期的に更新してきたが、このたびは3個目の炭窯を新設することとなった。次回からは場内炭焼きと炭窯新設をご紹介しよう。



