2008年07月13日
地蔵街道
仏教の世界には六道輪廻の思想という考え方が存在します。六道とは人間の心の状態を現したもので、地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道の六つの世界だそうです。輪廻とはこの六つの世界を出たり入ったりしながら彷徨っている状態を指すようです。人間のこうした精神状態に対して救いの手を差し延べてくださるのが地蔵菩薩だとか。通常、我々が想像するお地蔵さんは、村はずれの辻に立たれて子ども達を見守っておられる・・・・・・・・・・・・・そんなイメージなんだけど。この地蔵菩薩が十体以上も立ち並んでおられる山道がある。金剛山の正面道と呼ばれる登山ルートだ。なんとも不思議な光景である。
順不同で数体を紹介してみよう。箴言付きなんだ。
父ちゃんと母ちゃんの仲がよいこと、やっぱりこれが一番だ。貧しくても楽しい家庭はいっぱいある。やっぱり △△△だから。
毎日訓 晴れても曇ってもがんばってもなまけてもいちにちは一日 △△△精一杯生きてみる まずそれから。
人間の一生 永遠に続く喜びもなく、永遠に続く悲しみもない。色んな感情が生まれては消え、生まれては消え、人生はつづいていく。それが人間の一生、それが生きているということ。
こんなお地蔵様が、10体以上も登山道の脇に鎮座されているのである。どなたが、或いはどなた達が設置されたものだろうか。制作費だけでも相当な金額になるはずだ。前に置いてある箴言の板は同一人物であろうか、全部が同じ筆跡のようだ。達筆すぎて一部は読めない文字もあったが。
思えば、お地蔵様は道祖神と一体化したような形で信仰されてきたようだ。八百万の神々の考え方と一緒かも知れない。笠地蔵の民話が語り継がれたように、素朴な信仰心が地蔵菩薩への信仰と重なったものだろう。正面道のお地蔵様も、こうした発想を持つ方々が浄罪を出し合って設置されたものではなかろうか。六道輪廻の旅路で、悶々としている我々衆生のもがきや苦しみへの、限りなきやさしさからではあるまいか、と想像しているのだが。