オオサカジン

  | 河内(南河内・中河内)

新規登録ログインヘルプ


金剛山麓に緑豊かな桃源郷「とんびの里」を創りたい、そんな想いに駆られた万年青年達の悲喜交々を、南河内の風土と一緒に紹介します。

2009年01月02日

朋あり遠方より来たる

「朋(とも)あり遠方より来たる、亦(また)楽しからずや。人知らず、而(しかう)して慍(いか)らず、亦君子ならずや」・・・・・・・論語の学而第一にある孔子様の言葉ですが、人間にとって最高の楽しみの一つが学友と酒を酌み交わし歓談すること、と言われる所以かもしれませんね。世に受け入れられなかった彼(失礼ながら)が、教育に活路を見いだした端緒かも知れません。朋が遠隔地に住む同窓であれば尚更の喜びでしょう。マイ農園にもようやく朋が来訪してくれました。師走の末日、地主のばあさまの森を整理していると、チッ、チッ・・・・・・と密かな声とともに雀くらいの小さな茶色い小鳥が。待ち望んでいたジョウビダキです。それも嬉しいことに今年はカップルのようです。伴侶が見つかったのでしょうか。

        ようやく来訪してくれました。まさに遠方より来たる、でしょうか。
朋あり遠方より来たる 
        今年はカップルのようです。つれあいが見つかったのかな。
朋あり遠方より来たる

彼の故郷はサハリン方面、長い旅路を時間をかけてようやくたどり着いたのでしょう。昨年は3月くらいまでマイ農園で遊んでいました。ただいつも独りぼっちだったのを記憶しています。春先には一人寂しく故郷へと帰ったのでしょうか。今年は嬉しそうですね、仲良く春先までマイ農園で暮らし、家族で帰郷してくれればと願っています。

        どことなく甘えた仕草が見えます。こちらが雌でしょうか。
朋あり遠方より来たる 

       こちらがどうも雄のようですね。獲物を狙うハンターの気配が。
朋あり遠方より来たる

井上靖さんの作品に「海峡」という小説があります。その中に津軽海峡の場面があって、とある海岸に毎年たくさんの小枝が漂着するそうです。津軽海峡を縦断する渡り鳥は、海上での休息の為に小枝をくわえて飛ぶそうですが、漂着した小枝とは、途中で力尽きて倒れた者達の墓標なんだとか。悲しい物語ですが、これが現実なのかもしれません。それでも彼らは飛び続けるようです。

             森の中でも飛翔が。彼らの本能なのか。
朋あり遠方より来たる 


リチャード・バックは、彼の作品「かもめのジョナサン」のなかで、主人公のジョナサンにこう語らせています。「僕は食べるために飛ぶのではない、飛ぶために飛ぶのだ」と。そして高度な飛行技術をマスターした彼は、かもめの人生は飛ぶためにあると喝破するが、仲間のかもめからは悪魔と恐れられたようです。さてジョウビダキの人生は如何にあるのでしょうか。一度聞いてみたいと思っています。






同じカテゴリー(つれづれなるままに)の記事画像
転居致します。
ニューフェイスのご登場
命尽き果てるとき
強靱なる生命力
大根の季節
トラクターは何処へ(3)
同じカテゴリー(つれづれなるままに)の記事
 転居致します。 (2010-12-31 17:00)
 ニューフェイスのご登場 (2010-12-27 05:05)
 命尽き果てるとき (2010-12-24 05:12)
 強靱なる生命力 (2010-12-21 05:11)
 大根の季節 (2010-12-17 05:13)
 トラクターは何処へ(3) (2010-12-09 05:04)

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。