2008年04月28日
木の家は三百年
西岡常一さんをご存知の方は多いだろう。法隆寺や薬師寺の棟梁として活躍され、「最後の宮大工」とまで言われた方である。平成7年に享年86歳で亡くなられた。この本は国立科学博物館に勤務される原田紀子さんが、生前に聞き書きされたものを集約されたものである。
原田紀子 「西岡常一と語る木の家は三百年」
朝日文庫 525円
西岡さんは寺工という宮大工で、一般民家は手がけられないが、民家を含めた日本の木造建築の伝統工法が失われて行くのをとても心配されておられた。その根本原因が建築基準法にあるとの主張である。法隆寺の千年余は別格としても、管理さえよければ在来工法で作られた木造建築物は300年は持つとのことだ。そういえば各地の山里などを訪ねると、築100年以上と思われる古民家が今でも大事に使用されている光景によく出会う。
何時の頃からだろうか。不動産である家屋が耐久消費財へと変化したのは。今はたかだか30年前後で解体され、膨大なゴミとして処分されてしまう。そして海外から大量の木材を輸入しているのだ。CO2の排出と森林破壊を伴いながら。森林国家である我が国の資源を有効に活用し、無駄なゴミの産出を押さえる生活様式が望まれる。西岡さんはそれが可能との見解なのだ。マスコミの報道によれば、とある企業が「200年住宅」というコンセプトを打ち出したとのこと。業界でもイノベーションの気運はあるようだ。
西岡さんの視点では、布基礎の上に木(土台)を横に置くのが一番悪いとのこと、木の寿命を一番縮める方法だそうな。在来工法では突き固めた土の上に礎石を置いてその上に柱を立てる。こうすれば柱が腐りにくく、よしんば痛んでも補修が簡易とのことだ。在来工法で作った家は地震に弱いとの先入観もあるが、関東大震災や阪神・淡路大震災でも破壊されなかった木造建築物は数多い。科学的建築とされた鉄筋マンションや高速道路がいとも簡単に崩壊したのとは対照的に。
西岡さんの見解と現代建築学の見解との優劣を判断する力はないが、西岡さんの視点は検討に値する考え方だと思う。我々には、ややもすると数値データーの羅列を科学的と盲進するキライが多分にありそうだ。経験や勘といった人間の持つ不思議な能力を今一度見直して見るのも必要だろう。それにしても大量生産、大量消費、そしてその上には大量のゴミの排出・・・・・・こうした生活スタイルは、もはや許されないのではなかろうか。
薬師寺や法隆寺の大改修或いは各地の文化財修復を担われた西岡さんをしても、「飛鳥の工人にはかなわない」 と語らしめる、飛鳥時代の技術者集団とは一体どんな人物達だったのだろうか。コンピューターも重機も建築学も無かった時代に、千年余も持つような建造物を作り上げたのだから。
その西岡さんは、生涯にわたり 「大工職 西岡常一」 とのみ記された名刺を使われたと聞く。己の仕事に対する強烈なまでの使命感とプライドである。
この本は西岡さんの視点を基礎に、各地での利用者や関係者の証言を脇役に簡潔・明瞭にまとめられている。読みやすい本だ。家を購入したい、建築したい、そう願っておられる方には是非ご一読をお薦めしたい。